■ 小説(SS)TOP ■



■04



「まぁ……確かに、春蘭も少し駆け引きを覚えた方が良いかもしれないわね」

 僕が頭を悩ませて理性と本能の両者からの意見に折り合いを付けていると、話はいつの間にか元の流れに戻っており、滞り無く進んでいるようだった。

「か、華琳さまぁ〜……然し――」
「春蘭、言い訳は見苦しいわよ」

 鞭の先端を地面に叩きつけるような『ピシャリ』とした一声で、華琳は春蘭の言葉をにべもなく退けた。

「まぁまぁ、そう華琳も春蘭を責めてやりなさんな。今日みたいな日もあるが、慣れない勉強を頑張っているのですから」

 縋る場所も見当らない華琳の言葉に、絶望の二文字がはっきりと見て取れる程に打ちひしがれた表情を浮かべる春蘭――それが少しばかり可哀想に思え、気が付けば思わず言葉を挟んでいた。

「……何で私が窘められなければいけないのよ」
 
 僕の言葉に片眉を上げながら声を若干尖らせ、何処と無く拗ねた表情を浮かべる華琳。

「いや、まぁ……」

 ここで「落とし所へ落とした話ですし――」等と言っても良かったのですが、華琳は僕が強く言えないのを知っているからこそ、再度『釘を刺す』と言う意味も含めて代わりに言ってくれたのが解るので何と言えなくなってしまう。
 如何する事も出来ず、僕はただただ首の後ろを右手で叩きながら乾いた笑いを零すだけだった。

「まったく、兄さんは春蘭に対して本当に甘いわね。だから春蘭も甘えたがるのよ。二人とも時折、私の事が目に入ってない時があるのは頂けないわね。そう思わない、春蘭?」
「いえいえ、そ、そんな!ち、違います華琳様ッ!そんな事は断じてありません!!」
「ならば姉者は鵬仙殿など如何でも良いと?」
「え、いや!ほ、鵬仙殿、こ、これは、違うので、あの、えーとッ!――」

 場の流れは錯落と言った所で、如何やら空気が可笑しな方向へ進んでいるようだ。
 姉の慌て様を悦に浸りながら見ている秋蘭も大概だが、視線を四方八方へと絶えず散らしながら混乱している春欄も相変わらずです。
 微風に身を任せるように、言葉をさらりと流せば良いだろうに。もっとも、それが出来ないからこそ、春蘭は春蘭足る由縁なのですが。

「……少しばかり落ち着こうか、春蘭。誰も春蘭が僕と華琳のどちらかを蔑ろにしているなんて思って居ませんよ」

 小さく嘆息を吐きながら春蘭の頭を優しく叩き、出来る限り優しく言葉を言い聞かせて気を落ち着かせて行く。我ながら手馴れたものである。
 然し、悪い気分では無いが、これでは本当に動物を相手にして居るような気分ですな。

「はぁ……全く仕方が無いわよね。兄さんと春蘭の遣り取りを見ていたら、これで良い気がしてきたわ」
「全くですね、華琳様」
「秋蘭も春蘭をからかうのは程々にしなさいね」
「はっ!」
「……それにしても上手い物よね、『寛にして畏れられ、厳にして愛せらる』と言うのかしら」
「おや、華琳が僕を褒めてくれるなんて珍しい事もあるものですね」

 平素の状態に戻った春蘭の頭を髪が乱れぬように優しく撫でた後、馴れない褒め言葉に頬を掻きながら苦笑と言葉を返す。

「いえ、褒められて然るべき事かと思いますがね」
「秋蘭まで……やれやれ、僕を持ち上げても何も出てきやしませんよ?」
「鵬仙殿、そう謙遜なさらずに。自慢では無いですがうちの姉者はこの通りだ。今まで何人者の教えを受けましたが、皆が一様に匙を投げた程ですから」

 二人との出会いは随分と前に済ませていたのですが、居候となったそもそもの切っ掛けはそれが理由だったので、仔細は別としても重々承知。と、春蘭、褒められて無いから胸を張りなさんな。

「……然し、鵬仙殿。先程の話の流れを引き戻す訳ではありませんが、姉者は戦を『理詰め』ではなく『直感』で戦う人種です。勉学も確かに重要かも知れませんが、適材適所と言う言葉もありますし『その長ずる所を貴び、その単なる所を忘れる』としても宜しいのでは?姉者には武勇を磨く事に専念して頂き、戦術等の頭を使う部分に関しては私で補い合う事も出来るのですから」
「……ふむ」

 確かに、秋蘭が言っている事も解らんでもない。

「ん〜……?」

 ちらりと周りに視線を配ると、如何にも渦中の人物である春蘭だけが解って居ないようです。

「春蘭、今の意味解るかしら?」
「えーと……良い所は良い!悪い所は見ない!……では?」
「……間違っては居ない」

 だが、それは文章として成り立ってない気がしないでも無い。
 要点だけを掴んだ、と見るのは流石に無理があるでしょう。

「まぁ、春蘭は取り敢えず良いとして……秋蘭の意見も確かに悪くわないと思うけど、兄さんは如何判断するのかしら?」
「判断するも何も確かに一理あるとは思うよ。が――」
「が?」
「二人の『主』が『これ』ですよ?今は良いですが、その内に二人は『万』と言う大軍を従えるのだから、春蘭達を『二人一組の将』なんて勿体無い真似を許すとは到底思えなくてね。それに華琳が戦乱の世を終わらせれば、天下泰平となった世を治める事になるのだから、そうなると腕っ節だけでは無く多少の学も必要となる。長い眼で見れば覚えていて損は無いと思う訳なんですが……ん?」

 そこまで言い終えて気が付けば、何故か三人の視線が自分に集まっている事に気が付いた。流石に華琳を『これ』呼ばわりしたのは不味かったでしょうか。

「――」
「――」
「――ふ、ふふふっ」

 三者三様の様子で呆けている。
 華琳に到っては、堪らないとばかりに笑い出す始末。

「ん?何か変な事を言ったか?」

 訳も解らず笑われると言うのは余り気分の良い物では無いので、首を傾げながら華琳に問い掛ける。

「いえ、兄さんは気にしなくて良いわ。ふっふふ……それにしても相変わらずね」
「おいおい、そんな含みのある言い方をされては気になるじゃないか。何か僕は馬鹿な事でも言ったかい?」
「ええ、そうね。けれども、私の傍に立つならばそれ位な大莫迦者で丁度良いわ。兄さん変わらずに呆れる程に先を見て、画きたい絵を思い浮かべて居て頂戴。それを私が画く(えがく)から隣で教えてくれるだけで充分よ」

 そう言った後、聞き取れない程の小さな声で何か呟くと、華琳は柔らかな微笑を浮かべるだけだった。
 ――はて、何か変な事を言ったでしょうか。
 どこの世も、戦乱が終われば武官よりも文官が重宝してくる。
 江戸時代を切り開いた徳川の武将、本多忠勝然りです。
 蔑ろにはしないにしても、上に立つ人間としては武力一辺倒で政治の『せ』の字すら解らない者は多少距離を置いてしまうものでしょう。
 華琳に限ってその様な事は無いでしょうが、そう言った傾向が多い事は残念ながら歴史を垣間見ても証明されている事実です。

「まぁ……なんだ」

 それは、さて置き――

「隣で教える……それは嫌だなぁ」

 僕は華琳の魅力的な言葉に対して、首筋を擦りながら苦笑を浮かべて答えた。
 昔ならば、望む所だったのですがね。
 これを成長と言って良いのかは解らないですが、今の僕は少々欲張りになってしまったようで、それでは不満なのだ。

「何が不満なの?」

 目尻が鋭くなった華琳の言葉はそれ以上に鋭い。
 その厳しい華琳の表情に、春蘭と秋蘭は身を強張らせた。
 それ程までに華琳の表情からは怒気が滲んでいるのが問題は無い。そもそも兄妹の語らいなのだ、その程度で気圧される様では家族としてやっていけない訳でして。

「ん〜……不満と言えば不満ですかね?だって、それじゃぁ僕は口だけを動かしているだけで、他の部分は暇を持て余しているじゃないか。これから猫の手だって借りたくなる状況が見えているんだし、余らせて置くには勿体無いだろ?猫や犬の手よりは僕の両手の方がまだ役に立つと思う訳なんだけど如何だろうかな」
「……」
「それに僕は華琳のお兄ちゃんだよ。妹が何かをやろうとするならば、手助けするのは当たり前だと思わないかい?何でもかんでも勝手に決めないで、華琳はもう少し甘える事を覚えなさい」

 そう言って笑みを浮かべたつもりだが、少しばかりぎこちなかったかも知れない。
 頬に余分な力が篭もっているのが自覚出来た。
 
 後の歴史家達が下した『曹孟徳』の評価と違わず、華琳は無駄に無敵に完璧超人なので、意見を求める事はあっても頼る事をしない。
 華琳にとって必要が無いから頼る事をしなかったのだろうが、そのせいもあってこの妹は一度も甘えて来た事が無い。
 今ならば僕と華琳と言う手間の掛からない子供を生んだ両親の気持ちが良く解ります。
 これは少しだけ――正直に言えば、とても寂しいものだ。
 中身が成人男性故に恥かしくて出来ませんでしたが、今更ながらに両親にもっと甘えて置けば良かったかなと少しばかりの後悔すらある。

「……私に甘えろと言っているのかしら?」
「僕はそうして貰えると嬉しいかな。やっぱり可愛い妹に甘えられて貰いたいものだからね、昔から常々僕はそう思っていたよ」
「本当に兄さんは……いえ、何でも無いわ」
「ん?」
「……仕方が無いわね。それじゃ、寂しがりやな兄さんにだけは甘えて上げるから、感謝しなさいよ」

 いつもの様に毅然とした態度で呆れながら、だけども少しだけ恥かしそうに華琳は僕に言ってきた。

「うん、それは嬉しいよ。ただ、無理難題だけは勘弁してくれよ?」

 素直ではない妹の最大の譲歩に、僕は満足しながら頷いた。

「――」
「――」
「――勿論、二人も甘えてきても嬉しいからね?」

 余りにも強い視線を感じたので、おどけながら二人にも同じ様に言ってやると「はいッ!」と、僅かに言葉は違えど嬉しそうに頷いてきた。
 ――やばい、これはとても恥かしいぞ。
 何と無く自分が物凄く気障(きざ)で、面映い(おもがゆい)事をやっているような気がしてきました。
 会話は流れとタイミングが何よりも大事だと身に染みて解る。
 華琳の時はすらりと言えた言葉でも、改めて間を置かれるとココまで忸怩(じくじ)たる思いを抱くとは思わなんだ。
 三人の視線に耐え切れず、咳払いをして場の空気を少しでも払い話を続けた。

「そ、それでさっきの話に戻りますが、単純に秋蘭は勿論の事、春蘭――いや、夏侯元譲ならば、武官ではなく文官としても手腕を発揮出来ると信じてるいるよ。絶対に出来るはずなんです」
「あらあら、私よりも誰よりも、兄さんが一番に春蘭の才の事を買っているのよね」

 妙に優しく聞こえる華琳の声色を意に介さず、僕は胸を張って答える。

「当然だろ。何と言っても夏侯元譲だぞ?きっと春蘭ならば大丈夫ですよ」

 今は確かに完全無欠の『アホの娘』でも、この世界に史実の影響が少なからずあるのであれば、いつかは覚醒フラグが立つ筈なのだ。僕の知っている惇兄さんならやってくれる。

「鵬仙殿……」

 春蘭が感極まった様子でこちらを見てくる。
 確かに、現状では難しいかも知れないが、誰が聞こうが異論は無い筈です。

「それでこそ、鵬仙殿と言うべきか……」

 異論は無い筈です――きっと、多分、そこはかとなく。

「……」

 そこまで過剰に反応されると自信が無くなって来るのは何故だろう。
 僕を押し潰すかのような、この切迫感は何だろうか。
 嵐の前の静けさ――とかは流石に勘弁願いたい。
 物凄い重圧に本気で前言を撤回したくなってきたが『綸言、汗の如し』と言うし、言ってしまったからには如何しようも無い。

「信じがたい事だけれども、兄さんの『千里眼』でそう見通すならば、案外本当なのかもね」

 よりにもよって「信じがたい」って、華琳も随分な事を言いますね。
 いや、それよりも――

「千里眼とは……随分な言いようじゃないですか」
「そう言われても仕方が無いと私は思うわよ?これでも人を見る眼には長けていると思っていたけれども、兄さんは反則な程よね。春蘭達に到っては、出会った直後に私に何て言ったか覚えているかしら?」
「……いや、覚えてないな」
「あの時兄さんは事も無げに『――はぁ、後の名将が来ましたか』って言うのだから、驚かされたわよ。占いの類は全然信用出来ないけれども、兄さんの意見のならば信頼出来る程にね」
「……」
「兄さん――私に何か隠してないかしら?」

 そう言って僕の事を覗き込む緋色の双眸は、心の奥底まで照らして全てを明るみに出そうとしているようにも思えた。

「おいおい、隠す訳が無いでしょ。僕は君の兄ですよ?」
「……まぁ、良いわ。何と言っても『曹孟徳』の兄さんだものね、何があっても可笑しくないわね」

 そう言って背筋を撫で上げるような笑みを華琳は浮かべた。
 ――何、この腹黒な妹。もう、本当に心臓に悪いんですけど。
 こう言った言葉の応酬は、既に何回と繰り返した事なので内心とは裏腹に対応は慣れたものだ。馴れたくは無かったけど。

 華琳の中で既に『結論』が出ている事なので、追尋しないのだろう。
 僕が絶対に裏切らないと信じているからこそなんでしょうが、肝が凍るような底冷えしてしまう戦慄を時折覚えます。

「そう言えば、話があったんのではなくて?」
「あ……あぁ、すっかり忘れていたよ」

 そして、掌を返すような気軽さで変わるこの態度。
 有り難くもありますが、後に引かないからこそ真意が読めないと言う意味では怖いものであります。
 とは言え、僕も過ぎた事を悩んでいても仕方が無いので、ゆっくりと一呼吸をして気持ちを入れ替える。

「実はね……今日からもう一人、この家に居候するので宜しく頼みたくてね。断る事は出来ない決定事項なんだけども、先に伝えて置くよ」
「居候……ですか?」
「うん、曹騰のお祖父様に頼まれてね。僕と華琳にとっては従妹に当たる人物で、姓は曹、名は仁、字は子考と言うんだよ。まぁ、正直に言えば僕も華琳も会った事が無いから、従妹と言われてもピンと来ないけども……」
「如何言った人物なの?」
「あまり詳しくは聞かなかったけど『明(めい)に傑(すぐる)』と言っていたのが印象的でしたかね。そこらへんは実際に会って見ないと解らないけれども、僕はきっと皆と仲良く為れると思うんだ」
「随分と確信めいた事を言うけれども、また千里眼かしら?」
「おいおい、華琳は僕の事を如何しても仙人に仕立て上げたいみたいだな……って」

 何とも言えない笑みを浮かべながら華琳に言葉を返していると、何処からか妙な唸り声が聞こえてきたので首を傾げながら首を向ける。
 すると、そこに吃驚する程に険しい表情を浮かべる春蘭が居た。

「むぅぅ」
「――」
「むぅん」
「……姉者」
「あ……ん、如何したんだ、秋蘭?」

 そんな姉の様子に溜息と苦笑を浮かべながら秋蘭が声を掛けると、本人は全く気が付いていなかったのか、首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。

「如何したもこうしたも姉者、顔が随分とむくれていたぞ」
「ん?何でだ?」
「いや、何でだと聞かれても私も困るんだがな……」

 この絶妙な会話の噛み合わなさ。
 うむ、実に不可思議。
 不思議そうにする、春蘭が不思議と言うロジック。ある意味『マジック』である。
 僕が一日中人間観察をしなければいけなくなったならば「是非春蘭を!」と、迷わず選ぶだろうな、絶対に。

「秋蘭は春蘭の嫉妬心が顔に出ているから声を掛けたのよ。大方、兄さんが私達以外の誰かを買っているのが少しだけ悔しかったんじゃなくて?」
「い、いえいえ!そ、そんなことは無いでしゅよぅじょ!?」

 思い切り噛んだ。あれは絶対に痛いでしょうね。
 それはさて置き、今『ようじょ』と言いませんでしたかね。
 だから如何したと言う訳じゃないが、やっぱり食いついて仕舞うのが紳士の性な訳でして。

「鵬仙殿も鵬仙殿だが、姉者も姉者だな」
「……全くね」

 不意の幼女発言に琴線が触れなかった淑女の二人は、何処か楽しげな様子で僕と春蘭を見詰めてくる。

「そう言えば、姉者がまた此間(こないだ)も鵬仙殿を侮辱した男を斬り殺す所でしてね。事無きを得ましたが、私が止めなかった相手は確実に死んでいたでしょうな」
「あら、止めなくても良かったじゃない」
「そうですよね、華琳様!」
「こらこら、物騒な事を言いなさるな」

 眉間を抑えながら嘆息を付く。
 若かりし頃に学問の師を殺したと言う逸話は知っていますが、こんな所で律儀に再現しなくても良いじゃないですか。余計な部分だけが史実通りですね。
 
「はぁ……良く止めてくれたね、秋蘭」
「止める振りをして姉者の背を押しても良かったのですが、鵬仙殿は殺生沙汰がお嫌いだろ?」
「……何で僕の回りはこうも血の気が多いのかな。因果応報、必要と有らば仕方が無いとは言え、基本的には余計な波は立たせないように生きて生きたいんですがねぇ。言うでしょ?『君子(くんし)は危うきに近寄らず』と。まぁ、僕の為に怒ってくれたのは素直に感謝するよ、春蘭」

 基本的に春蘭は褒めれば伸びるタイプです。
 猪突猛進過ぎではあるが、そう言った気持ちは大事にして貰いたい。

「けれども何か合ってからじゃ遅いから、殺生沙汰は勿論、喧嘩沙汰も余り起さないように頼むよね。郎党を組まれたら厄介ですしね」

 とは言え、褒めるだけでは春蘭はピリオドの向こうへと走り抜けて、ハードラックと踊っちまうバーバリズムなので、理由も説明しつつ抑えねばならない。
 それが一応とは言え、教鞭を振るう立場の人間としての示し方だと思う訳なのですよ。

「大丈夫ですよ、そうなったとしても我らが四人の敵ではありません!」

 もっとも――結果が伴うとは限りませんがね。と、それよりも。

「四人って……ひょっとしなくても、僕も含まれているのかい?」
「当然ですよ、鵬仙殿」
「いやぁ〜、僕なんて恐れ多い。事、武に於いては三人に比べて未熟も未熟だから……何と言うか特化型だしね。三人に肩を並べるなんて恐れ多いよ」
「駄目よ。しっかりと、頑張ってもらうわ」

 嫌な予感がして為らないので、頭を掻きながら遜り必死で誤魔化そうとするが、華琳が僕の言葉を遮ってきた。
 眉根を寄せたい衝動を堪えながら視線を向けると、華琳は僕を見上げる真直ぐな視線で口を開いた。

「この曹孟徳が、半端者を師として仰いでいたなんて思われたら私の名に傷が付くでしょ?そうならないように、これからも存分に精進しなさい」

 僕は視線を下げて華琳に視線を送っているのに、自分が居る位置よりも高い壇上から言われたような錯覚を覚えるような言葉だった。
 これが覇気、カリスマ性と言うものなのでしょうか。

「……」

 そう言われてしまっては、僕は何も言えやしない。
 肩を竦めながらも、ハッキリとした口調で僕は答える事にした。



「……善処するよ」



 僕にとっての限界はその程度な訳なのでしてね。面目無い。





前へ << 小説(SS)TOP >> 次へ