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■03



 家の門を潜り、そのまま華琳達が居るであろう部屋へと向かって足を進めながら考える。
 曹子考――曹操軍四天王が一人。僕の好きな武将の一人です。
 演義や他の物語では噛ませ犬や引き立て役の印象が拭えませんが、史実に於いては粘りのある鉄壁の守戦を得意とする名将。智勇に優れ、何よりも人望があり部下からの信頼も厚く、曹操も彼を信頼して常に傍に置いていたと言われています。
 戦功は魏の将軍の中で上位に入り、また「張遼の武勇は曹仁の次辺りだ」と書かれた書物があるとか聞いた事がある程です。
 名実共に魏の重鎮の一人で在る事は間違いでは無いでしょう。

 その彼――いや、『彼女』が今日から自分達と寝食を共にするのですか。
 名前を聞いた後に話された内容を要約すると「今日から君の家に居候みたいな、そう言う体(てい)で住まわせてあげて」と言う感じでした。
 空き部屋には困って居ないし、既に我が家には居候が居るので別に構わないのですが、やはり溜息が零れてしまう。

 ――何ぞ、自分の知っている歴史とやっぱり違いますなぁ。
 
 居候の件もそうですが、曹操と曹仁の歳は十歳近く離れていた気がしないでも無いです。
 だと言うのに、この世界での年齢は華琳達と同年代となっている。
 いや、曹操達の性別が女性である時点で決定的におかしいので今更かも知れません。

「……少し前向きに考えよう」

 これだけ自分の知っている歴史と変わっているのですから、僕が歴史に影響を与えても『そういうもの』として扱われる可能性が高い、と言う発想はどうだろうか。

「まぁ、どちらにしても考えてもしょうがない訳ですがね」
「――部屋に入るなり、何を呟いているのかしら兄さん?」

 気が付けば辿り着いていた部屋の中で、書籍を読み進める手を休めて呆れた様に一人の少女が呟いた。
 いや、少女と言うのには語弊がある――絶世の美少女、と表現すべきでしょう。
 極上の金糸のような髪を両サイドで纏めて螺旋を画くように流がすその髪形は、柔らかさの残る細身の幼い体躯に良く似合う。
 身に纏う服はこの時代には絶対に作られていなかったであろうワンピースをベースに、中華風の要素が取り入れられており、装飾品が少なく大人しい印象があるので流石に『ゴスロリ』と言う程ではないがそれでも見た目鮮やかである。
 姿勢良く椅子に座るその姿は、まさに精巧な美しい人形と言った所でしょう。然し、その美しさは『可憐』と言う言葉よりも『艶麗』とした雰囲気が漂う。
 理由は端麗な容姿もそうだが、何よりもその双眸。
 彼女の眸(ひとみ)は凝縮された大炎だった。
 窓から差す太陽の光に揺れる輝きは、煌々と燃え盛る灼熱が色を変えて蒼々と輝いているように見える。
 視線が合わせるだけで他者の心を握り、圧倒する力。
 それは幼くして持つ覇王の風格と言っても過言ではない。
 圧倒的な覇気を身に纏う『細い笑み』の良く似合う目の前の美少女こそが我が妹である華琳――『稀代の英傑』『治世の能臣、乱世の姦雄』『絶人』『リアルチート』『人材発掘雇用マニア』と呼ばれる曹孟徳だった。

「あぁ、華琳。ただいまですよ」

 比較的、肯定的な『異名』を上げては見たが、それと同じ数だけの悪評等は多々ある訳で――両者共に『天才』であったと言う評価だけは揺ぎ無いのは凄い所です。
 そんな事を思いながら、笑みを浮かべて華琳に言葉を返す。

「おかえりなさい、思ったより早かったのね」
「そうだね。もっとも、また後で出掛ける事になるけどね……」
「あら、そう。兄さんの事だから、また厄介事でも押し付けられたのかしら?」

 肩を竦めて答える僕に、どこか楽しそうに華琳は尋ねてくる。
 明らかに僕が困っている姿を見て楽しんでいるのが解った。
 毎回思う事だが、我が妹ながら実に良い性格をしていると思います。本当に。

「そこは何とも言いがたい所だね。今回は僕以外の皆にも関わる事だから――」

 と、言いながら周りを見渡すが、居るべき筈の二人が居ない。
 事後承諾の上に拒否権は無いとは言え、説明だけでもして置こうと思って家に一旦立ち寄ったのだがこれは予想外だ。

「あれ、あの二人は如何したのだい?今日は確か『孫子』の『計篇』を自分なりの解釈でまとめて置くように言っていた筈なんだけども」
「ええ、そう言っていたわね。けれども、二人とも手合わせしに外へ出ているわ」
「……覚えているなら何故止めてくれなかったんだい?」
「私があの場で止めるのは簡単だけれど、兄さんは一応であるとは言え教師役としての立場があるのでしょ?ひとえに兄さんを思っての行動よ」
「むぅ……」
「あの二人も確かに悪いかも知れないけれど、兄さんも自分の力量不足で手綱を確りと握れてなかったのは頂けないわ。これが日頃の結果と思って、より一層の精進をする事ね」

 至極、御尤もな意見である。
 咎めるように言われた訳では無く、淡々と言うので余計に自分の不甲斐無さを噛み締めてしまう。
 とは言え、もしも僕ではなく華琳が言っていても同じ様な結果が起こっていた可能性が無きにしも非ずと思えるのだが――いや、こう言った考えは止そう。
 そこを如何にかするのが僕の役目だ。
 これもまた勉強と思って明日に活かすよう頭を働かせるべきだ。
 あの二人も、本当に必要な場面では必ず期待に応えてくれるし大丈夫でしょう。

「はぁ……そう言われては立つ瀬が無いですね。まだ一日は終わって居ないですが『苟に日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり』と思って、明日に繋げるようにしますよ」
「当然よ。そこで『天下、意の如くならざるもの、恒に十に七、八に居る』なんて言い出したら怒っていたわ」

 気分を切り替えるように言葉を返すと、僕の反応に満足したのか華琳は小さく笑みを浮かべた。
 何気無い、こう言った会話の端々に知性の陰が見えると言うか、引き出しの多さは流石だと思ってしまう。詩人としての力量も関係あるのでしょうか。

「――はーっはっは!だらしないぞ、秋蘭(しゅうらん)!」
「――それは解ったが、姉者は本気になり過ぎなのだ」

 僕と華琳との間にたおやかな空気が流れていくのを感じていると、外の方から軽やかな声が聞こえて来た。

「何を言うか!武人たる者、常に本気で手合わせをするものだぞ!」
「それはそうだが限度があるだろう」
「限度なんてあるものか。そんな心構えで御二人を護れると思っているのか!」
「やれやれ……姉者は本当に元気だな。と、それは良いとして、何か忘れていやしないか?」
「ん……?何か合ったのか?」

 意気揚々とした賑やかな話し声を耳にして、華琳と顔を合わせると互いに溜息を吐いた。
 計らずとも同時に苦笑を浮かべて居ると、背後から先程もよりも明瞭な声が部屋に響いた。

「華琳様!春蘭、ただいま戻りましぁ……」

 振り返ると同時に部屋に元気良く飛び込んで来たのは、腰に掛かる程に長い『烏の濡羽色』のような深みのある漆黒の艶やかな髪を靡かせた長身の美女――家の居候の一人で真名を『春蘭』と言う。
 出る所は出て、引っ込む所は引っ込む――華琳とは違った意味で均整のとれた抜群と言える身体つき。
 動き易さだけしか考えて居ないような、挑戦的な赤色の『ミニスカチャイナ』が余計に豊満な肢体を強調しています。
 
 猫科の肉食動物を思わせる容姿からは気が強そうな快闊な雰囲気が滲み出ており、黙っていても活力を感じる事が出来た。
 ――もっとも、この場合は僕を見つけてただ固まってしまっただけなのですが。
 如何やら春蘭は僕を見つけると同時に、僕が家を出る際に言った言葉をやっと思い出してくれたらしい。

「お、これは鵬仙殿。おかえりになられましたか」

 微笑を口元に浮かべて丁重に僕に挨拶をすると、固まっている春蘭の脇をするりと通り抜けて部屋に入り、華琳の前に立ち恭しく帰宅の挨拶をするのは、肩口に掛かるか程の髪を前髪から後ろに流し、右の前髪だけを眼が隠れるように垂らして居る美女――二人目の居候で真名を『秋蘭(しゅうらん)』と言う。
 光の反射で鮮やかな群青色にも見える瑠璃色の髪がやけに印象的だ。

 最初に入ってきた春蘭にも負けず劣らずの、豊かな肉体と優れた容貌を持ち、春蘭と同じ形の青色の『ミニスカチャイナ』を身に付けているが、受ける印象は全く違います。
 服の色が、両者の性質を現しているかの様です。
 春蘭が虎や豹を連想させるなら、こちらは静の姿勢に勢いを感じさせる鷹等の猛禽類でしょう。
 遠くを射抜かんばかりの鏃(やじり)のよう鋭い双眸が、そう連想させるかもしれません。
 漢字一文字で表すならば『冷静』、春蘭は『躍動』、付け加えるならば華琳は『超然』と言った所でしょう。

 言い得て妙だと、我ながら思う。
 そう考えると、流石に『ミニスカチャイナ』と言う表現は古かったかも知れません。
 残念な事に、それ以外の表現が思い浮かばない訳ですが、何と無く自分の語彙の少なさに悲しい気持ちになった。

「……やぁ、二人ともお帰りなさい」

 僅かな間が出来てしまったが、僕は笑みを浮かべて迎えた。
 居候であるこの二人こそ、のちの曹操軍で最も名を馳せて後世まで轟かせる四大将軍の二人――夏侯惇、夏侯淵、その人である。
 もっとも、僕が知識で知っていた『三国志』での印象と性格に差異が少しだけ――いや、訂正しよう。若干一名は『少し』ではなく『大分』『かなり』『物凄く』と言い換えよう。

「如何やら随分と修練に励んで来たようだね。僕としてはそこら辺を詳しく話して貰えると嬉しいかな?」
「あ、いや、こ、これは……!?」

 固まっている春蘭の前に立ち、他意無く『笑顔』で尋ねると眼を真ん丸にしながら言葉をどもらせて挙動不審な態度を取り始めた。
 本当に相変わらず面白いように反応をするものです。
 これ位ならば約束をすっぽかした報いとして弄られても文句は言えないでしょう。

「どうどう、落ち着こうね、春蘭。ほら、ゆっくり息を吸って」

 反応を見るからに、少なくとも悪い事をしたと思っているようなので、反省の色有りと判断して落ち着かせるように頭を『ポムポム』と聞こえそうな力加減で軽く叩く。
 すると、僕が怒って居ない事を知って少しだけ春蘭は落ち着きを見せた。

「あの、その……もっ、ももぅ、申し訳御座いませんでした!」

 言い訳もしないで、謝罪一本真っ向勝負。
 その気概良しや。

「そう謝らなくても良いよ。反省もしているようだし、怒って居ないよ。最近は僕が一緒に教えている時は頑張っているしね、今回は僕にも落ち度があったと言う事で話を落とそうよ。お互い、次に活かすと言う事でね」
「そ、そんな鵬仙殿が反省などッ――」
「はいはい、落ち着こうね」

 再度、春蘭の頭を優しく叩きながら「全く持って素直だなぁ」と、苦笑を零してしまう。
 すると春蘭は奇妙な声で鳴きながら緊張の糸を緩めた。緊張で固まっていた身体からは力が抜けて行くのが解り、段々と落ち着きを取り戻しているようだった。

「それと……秋蘭」
「どうかされましたかな?」
「僕が言えた事じゃないけど秋蘭も止めてやってくれませんかね。こうなると解っていたんでしょうに」

 ――とは言ったものの、僕の言付けを覚えていた上で止めなかったんだろうな。
 想像するまでも無く簡単に解ったので、本来ならば少し窘める程度に言わなければいけない台詞を、苦笑交じりに愚痴るように呟いてしまった。

「ふ、ふふっふ……面目無い、私は如何も姉者に駄々を捏ねられると弱くありましてね」
「あ〜……まぁ、それならば仕方が無いですか。春蘭は自分の欲求に素直と言うか、強引ですからね」
「ですな。まぁ、そこが姉者の可愛い所なのでありますがね」
「――あらあら、二人とも随分と春蘭には甘いのね」

 場の流れについて行けずに『キョトン』と眼を見開いてぼんやりしている春蘭を見ながら秋蘭と笑みを交換し合っていると、明るい音色の声で華琳が会話に入ってきた。

「勘違いをして貰っては困りますね。仕方が無いとは言いましたが、別に甘くするつもりは無いですよ?その証拠に春蘭にはこれから課題をやって貰うつもりです。勿論、秋蘭も一緒にですよ」
「う、うーん……わ、解りましたぁ……」
「ほら、姉者。そう打ちひしがれた猫のような顔をするな。こちらの過誤を咎める事無く許して下さったのだ、次はもう逃げられんぞ」
「ふ、ふん!秋蘭に言われなくてもそれぐらいは解っているぞ! 寛容な鵬仙殿のお気持ちに感謝の念が増えない程にだ!」

 ――そうか、減る一方なのか。と言うか、そんな間違い方は意図しなきゃ出来ないだろうに。
 何故か胸を張りながら自慢げに話す姿を見て、三者三様と言った面持ちで春蘭以外は何とも言えずに小さく息を零した。

「ん?……な、何だ。その沈黙は」
「むぅ、姉者……その、な」

 首を傾げる姉、首を竦める妹。
 そんな夏侯姉妹を見ながら「当たり前の事だけど、やっぱり僕の知識で知っている二人と全然違うんですよねぇ」と、改めて思った。

 夏侯惇、字を元譲――真名を春蘭。
 魏の大剣の異名を持ち、内政官としても有能であったと一部では言われている質実剛健の名将。
 夏侯淵、字を妙才――真名を秋蘭
 魏の一番槍とまで言われる、機動力を真髄とした神速用兵の奇襲を得意とした武勇一途な常勝将軍。

 二人が居候になってから数年、その前からの付き合いも入れれば結構な年月になるが、この『夏侯姉妹』は本当に史実や物語で知っている性格と掛け離れている。
 端的に言ってしまえば、性格が真逆だ。
 いや、三国志の小説や物語的に言えば、どちらかと言えば合っているのかも知れない。が然し、史実的に考えると春蘭が淵さん、秋蘭が惇兄さんと言われた方が何と無く納得出来る気がする。
 それを差っ引いても何と言うか――忌憚無く言えば、春蘭の『アホの娘』っぷりは如何にか為らないのでしょうか。
 最初の頃は思わず「こ、こんなの僕の惇兄さんと違うッ!」と寝る前に何度呟いた事か。

 僕の好きな登場人物の一人である『夏侯元譲』、通称『惇兄さん』のイメージはとしては『率直で剛直な性格で、寡黙ではあるが気性は激しい名将。また非常に人格者で、謙虚かつ物惜しみしない誰からも人望厚い人物。そして勉強熱心で内政面にも意外と長けた軍政家で、功績も軍功よりも内政関係が多かった。ついでに言うと、ちょっぴり繊細』――と言うのが大まかな印象でした。
 もっとも、正史の情報や三国志演義、他の漫画本や小説等、それら複数の『惇兄さん』に対する認識が入り乱れた結果の印象なので、若干の正確性は欠いているでしょう。
 そして、この世界の惇兄さん――改め、春蘭と約十年近く付き合っていると、個人の武勇や『戦感(いくさかん)』に関しては抜きん出て居るのは解ったが、ただひたすら『おつむが弱い』事も身に染みて解った。
 いや、ある意味では強いのかも知れない。脳筋的な意味で。
 それ以外にも寡黙とか、謙虚とか、勉強熱心とか「何それ、強敵?」と言う状態。

 とても素直で、とても可愛い、とてもとても良い娘さんなのは重々承知なのだが、色んな意味で密かに期待していた惇兄さんへの『幻想』が脆くも砕かれ、微粒子まで粉々になり風に飛ばされ何処かへ飛んで行った。うん、比喩からも解る通り『滅茶苦茶』って言葉じゃ言えない位に期待して居たのだ。
 この調子だと、僕の『張文遠』や『曹子考』、『郭奉孝』とか正史にしろ、演義にしろ、三国志の幻想を抱いていたら溺死するのでしょうね、きっと。
 
 良い意味で意外だったのは、逆に秋蘭でした。
 勇猛な武力とかそう言う評判は淵さんの方が印象は強く、気が荒い無謀無鉄砲だと思っていたのだが、こちらでは冷静沈着な頭の回転の速い切れ者だ。
 その代わり最大の持ち味と言える「典軍校尉夏侯淵、三日で五百里六日」と言われた騎馬戦術の腕前は不明なのが少しだけ怖い。

「仲の好き事は良いけれども、私の可愛い二人を余り苛めないでね、兄さん」

 その一言で会話を止めて、顔を上気させて「華琳様」と惚けた様に呟く二人。
 既に僕は蚊帳の外。三人が作り出す桃色の空気には付いて行けません。
 曹操に対して『忠臣』だったと言われていたけど、『御主人様(華琳)大好きで、物凄く甘えたがりな大型犬』と言う解釈には為らない筈なんだが如何なのよ。
 確かに「女三人寄れば姦しい」とは言うが、これは違う。絶対に違うと思うんだ。
 
「……」

 そう言えば人材の他にも美少女(およめさん)探しにも余念が無かったよね、曹操。妾を貰うのが13歳、16歳で7人囲う、だったかな。
 兄としては下手に男を囲うよりは良いのかも知れないが――何だかなぁ。

 人の趣味なので悪いとは決して言いませんが、世の『三国志愛好家』達がこの現実を直視したら失神するんじゃなかろうか。いや、それ以前に三国志として認めませんか。
 それとも男同士では無く、正史や演義と性別の違う『美女』である英傑同士の絡みなので『愛好家』ではなく『好色家』として認めてしまうかも知れない。

 前例があるので、強ち否定は出来ない考えです。
 僕も「男って本当に馬鹿だなぁ」と思いながらも、夜な夜な華琳の部屋から聞こえてくる嬌声に屈してしまった人間の一人なのですよ。主に腰辺りが。

「それとも、本当は兄さんに苛められたいのかしらね」
 
 蚊帳の外に立っていた僕に、意味深な言葉と流し目を突然送ってくる華琳。その言葉に春蘭と秋蘭も頬を僅かに染めて僕を覗く様に見詰めてくる。

「ん……?あぁ、済まないが何か言ったかい?」
「……ふぅ、何でもないわ」
「むぅ……それなら良いが……」

 僕は何の事か解らずに気の無い返事をすると、華琳達は各々異なる反応を見せながら顔を見合わせる。少なくとも、好ましい反応ではない。
 
「――」

 その様子を見ながら、不思議そうに首を傾げる――と言う『演技』を行う。
 「何の事か解らず」と言う言葉は訂正しよう。
 正確に言えば「『ナニ』の事だと解っていながら、解らない振りをした」と言う言葉が正解です。

 時折、華琳の僕を見る眼が妖しい事に気が付いたのは結構前の事。
 その眸の輝きには艶やかと言うか、淫靡と言うか――そう言った妖しさがあった。

 華琳と言えば『将来の夢は天下統一と、世界中の美女を集めた後宮を造る事』と言うイメージしか無かったのだが、気に入れば男でも悪く無いらしい。
 例えば、僕とか、僕とか、僕とか。
 
 ――自意識過剰で済めば本当に良かったのだが、如何やら頑張り過ぎた結果がコレらしい。
 
 せめてもの救いは高貴なるプライドが邪魔をしているのか強硬手段には出ないようなので、こちらが愚鈍を装い続ければ怨みが篭もった眼で見られる程度で被害が抑えられる事だろう。
 個人的には、それ以上に不味いのは華琳ではなく夏侯姉妹だ。
 華琳が何か吹き込んだのか、何が如何なって曲がり間違ったのかは知らないが、随分と慕われていると言う点です。
 あの身体つきとかは、精神年齢が如何とか言う前に卑怯だ。エロ過ぎるだろ、常識的に考えて。
 然も、あの二人は酒が入ると尚一層、凶悪になる。
 春蘭は普段の姿からは考えられないように甘えてくる。普段の姿とのギャップがやばい。
 いや、春蘭は普段の行動からある程度は解る。
 ――極悪なのは秋蘭だ。
 キャラは普段と同じなのだが、ふらりと隣に座って飲み続けていると、「基準の全く解らない臨界点を超えた瞬間「……鵬仙殿、後生です」と、酔っているのか妙に艶やかな色気をだしながらしな垂れ掛かって来るのだから、こっちだって『コロリ』と行ってしまいますよ。

 幸いな事に一線は僕の鉄壁の理性と、華琳の御蔭でそこら辺は抑えています。
 一度、春蘭達に「兄さんなら勿論許すわ。けれども、最初は私よ」と言って居たのを聞いたし。
 いや、最初って何ですか。あぁ、ナニですか。

「……この鈍感」

 口の中で転がしていた、華琳の怨嗟の呟きが『ぽろり』と耳に届いた。
 間違っても鈍感では無い。確りと気付いているからこそ、こちとら全力で眼を逸らしているんですよ。
 全力で叫びたい。叫びたいが自分の首を絞める事になるが眼に見えているので、血の涙を呑んで言葉を飲み込む。
 血の繋がりは無いかも知れないけれども、お前はまだ知らされて無いだろ。

 まぁ、慕われて嫌な気持ちになる人間は居ないですから、嬉しいといえば嬉しいのですが――なんかこう「まてまて、いまはまだ焦る様な時じゃない」と言うか何と言うか。
 華琳に手を出すとしても、もう少し余裕が欲しい。
 せめて年齢をもう少し重ねてから、出来れば見た目が『年齢相応』になるまで。
 むしろ逆に切羽詰らないぐらいに追い詰められたら「道徳倫理を打ち壊せ!」的な展開になるのだろうか。いや、出来ることならば遠慮したいが。

 ――何かの間違いを犯す前に風俗とかに通いますかね。然し、色町とかありましたかね。





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