■ 四方山話へ ■

同人ゲーっぽいアイマス

 
■01





 骨は骨でも、セットを支える『背骨』が折れるとは――
 
「予想外とはこの事か……」

 もっとも、報告で伝わって来たよりも大した事は無くかったのは僥倖と言えよう。
真には1時間以上掛かると言っていたが、正味10分で事が片付いたのには拍子抜けした部分もあるが、助かったと思うべきだろうな。
 念入りに補強をするだけで明日のイベントは問題無なさそうであった。
 イベント内容に合わせたそれなりの規模の『箱』を貸し切ってのイベントだけに、こう言った些細な事でも繊細になっていたかも知れないな。

「まぁ、コレで明日の春香(はるか)のイベントは波を荒立てる事無く、無事に行きそう……だろうか?」

 春香――『天海 春香(あまみ はるか)』は765プロで私が受け持っていたアイドルの一人だ。
 そして、今回の移籍で私が625プロに動いた際に、わざわざ一緒に移籍――と言えば系列は同じなので御幣があるのだが、現時点では弱小プロダクションである所に身を寄せてくれた心強い仲間である。
 ランク的には『ニアA』や『BとAの中間』と言った所で、トップアイドルと言っても過言では無い。特筆すべき点は、極端な二面性を演じる事が出来る『表現力』だろう。その為、765プロ内でも懐深く統率がとれた根強い『ファン』の多さでは肩を並べる物は居ないだろう。

「しかし、今回のイベントもそうだが……まさかココまでとは、な」

 春香との付き合いは長いのだが、最初からプロデュースしていた訳では無く、元々はCランクから伸び悩んでいた所を自分が受け持ったのが始まりだった。
 当時から何故か一部からの根強い人気を誇っていたが、全体的に高い水準で纏まっていたとは言え個性的な部分が無く――訂正を一部するならば、歌唱力が個性的ではあったが――良くも悪くも癖が無く、中傷的な表現では『無個性』とまで言われていた時期があった。
 だが自分には春香に誰よりも長い『のびしろ』があると信じていたのだが、如何にも『取っ掛かり』が見付からなかった日々が続いた。
 そんな中、それなりに『魅せる』事が出来る時代劇の配役が決まった。
 ここで垂らされている糸を上手く手繰り寄せるべく、実際に剣術をある程度『修め』させて見ては演技に気迫が乗るのではと思い、社長の伝手で『虎眼流』なるレッスンの時間を減らし、役作りにドラマが始まる大分前から剣術を学ばせたのだが――それが転機だった。
 何事も解らぬもので、何も無い所で転ぶと言う類稀なる特技を習得している春香は、剣術に於ては比類なき才能の持ち主だったらしい。当主である岩本氏に『麒麟児也』と云わしめた程である。
 私も両眼でその剣術の鋭さを確認したが、その瞬間――雷が正中線を突き抜ける様な錯覚をした。それは、春香の絶大なる『武器』だと確信したからである。
 剣術が、演技力がでは無い。
 即ち――構築力。
 それは春香と言う『染まる事無い純白』と言う本質を『個性』として見る余りに見落としていた盲点。
 そう春香の『純白』とは――何色にも染まり、その色合いによって千差万別な世界観を『根』から構築する事が出来るのだ。
それは真綿に水を染み込ませる様に吸収する事が出来る力とは違った『異才』であった。

 それに気が付き、思い当たる節も在り、その直感に自信が在ったとは言え、すぐさま曲から衣装に到るまで、ドラマの直前に間に合うように手配したのは性急過ぎたと今でも反省をして居るが――それが功を奏した。
 読みが当たった。
 飾らぬ人柄。屈託の無い明るい笑顔。
 白の似合うアイドルと言う概念を打ち壊す奇策。
 それは――真逆の世界観。

 背徳的でおどろおどろしい曲調に乗せるのは、狂気を孕んだ常識を逸脱した歌詞。
 普段とは真逆の黒を基調とした禍々しい衣装と、場違いも甚だしい日本刀を帯刀。
 妖しくも艶やかな世界を演出し、意図的に流し目などを撮るように頼んだ。
 
 『白』から最も遠く、最も近い色――『黒』の印象を与える妖艶で、退廃的な春香が、それらが統べて『春香』と言う枠に嵌った。

 世間の反応は予想通り――いや、予想以上の衝撃を与え、反響と残響を残した。
 また、時代劇中での剣術の演技は、剣客としての春香から放たれるの『真剣』を伝え、相乗効果で反響は高らかに鳴り響き、十二分の効果を得た。
 そこから流れが変った。
 本来の清純なアイドルとしての春香、新しく生み出された黒のカリスマとしての通称『春閣下』――どちらかに絞るのではなく、どちらも『春香』と言う『二面性』を貫く事によって極端な印象の落差によりファンの心を文字通り『絡め捕る』事に成功した。

 ――もっとも、当初は「これは幾らなんでも酷いですよ!」と、本人を『少々』説得するのに苦労し、『王道的なアイドル』を目指す春香は、これまた『僅かに』涙を流したとかしないとかそんな事も在ったが、最近は『春閣下』と呼ばれるのが満更では無い様子だ。
 所謂、春香にとって正攻法と呼ばれる手段では無かったかも知れないが、それでも親友である『千早(ちはや)』と肩を並べたかったのかも知れん。

「あぁ――もう着いてしまったか」

 明日の事、春香の事、そして千早の事などを考えて歩いていたら、あっと言う間に事務所に辿り着いてしまった。

「それにしても……汗臭くて敵わんな」

 事務所に入った途端、風が無くなったせいか、自分からオーラのように漂っている臭いに顔を顰めてしまう。
 最後まで手伝うと言っていたが、真を先に帰して正解だったかも知れんな。
 同性とは言え、この臭いは心象に余り宜しく無い。
 
「む、真はまだ居るのか?」

 事務所のソファーの上に脱ぎ捨てられたジャージが掛かっていた。

「……シャワー室か?」

 快晴で日照りが強く、気温もそれに伴って大分上昇した所為で、箱の中が蒸し暑かった事を考えるに、水でも浴びて汗を流しているのだろう。
大した物ではないが、うちの事務所にも簡素なシャワー室位ならばある。
 もちろん、男女別々だ。
 ――御蔭で嬉し恥かし、キャピピフフなハプニングが無いのが残念で仕方が無い。

「私が鬼畜系エロゲーの主人公で無い事を幸運に思うのだな、諸君!」

と、何度扉を睨み付けて妄念を唾棄して来た事か。
 ――まぁ、8割がた冗談ではあるが。
 仮にも、苦楽を共にして居る大事なアイドル達である。
 偶然ならばまだしも、自ら率先して何かしたいとは毛頭思わない。偶然ならば、偶然ならば未だしも、だ。

「ふむ……そう言えば真とは裸の付き合いがまだだったな」

 数少ない職場の男同士である。
 男同士ならば一度ぐらいは裸の付き合いと言う物をせねばならないだろう。
 何と無く、そうしなければいけない気がしてきた。

「どれどれ、真の『息子(サム)シングエロス』を確認してやるか」

 意気揚々と自分のロッカーから、こういった時の為に常備している予備の衣服を取り出し『SHAZNA(シャズナ)』の『すみれ September Love』を口ずさみながら事務所を出る。

「……む?」

 シャワー室に近付くにつれて、妙に違和感を覚えた。
 はて、何が――

「あぁ、そうか……女性用から音が聞こえるのか」

 と呟いた瞬間、事の重要さを認知してしまった。
 待て――これは一大事と言っても過言では無い。
 私の人生史に於ける未曾有の大事と言えよう。
 何故ならば、この時間帯に残っている人間は私と真しか居ないのだ。そして、私がココに居て、尚且つ女性用のシャワー室が使われていると言う事を考えれば、自ずと答えは出てくる――真は、秘境である、女性用のシャワー室を、使用して、いるのだ。

「ロリコン『でも』ある私が自らを律し、苦行に耐え抜き、自制して居たと言うのに――何と羨ましい。転じて、怨めしい」

 何よりも――

「いや、むしろ良くぞ遣り遂げた!!その心意気良し!」

 これで『注意』と言う強固な免罪符――と言う名の桃源郷行きの切符を握り締め、堂々と入れるではないか。
 いや――待て、早まるな、私。
 正気に戻れ。理性ある、良識あるからこそ人間であろう。

「私が喜んで如何する――違うだろ、思春期真っ盛りの男が、私の大事なアイドル達が普段使っているシャワー室に侵入して居るのだぞ!その意味の、重さを理解しろ!」

 冷静になれ――私はこれから、男の身でありながらニライカナイ(女性用シャワー室)へ侵入すると言う、不埒な悪行三昧を行った真に対して、プロデューサーとして、会社の人間として、何よりも人生の先輩として、道を踏み外して居るかも知れない真に激越な説教をせねばなるまい。
 いや、それでは生温い。大人として、きっちりとした制裁を与えんといかんだろう。

「心を鬼にするのだ――」

 『ガゴンッ!』と、静けさを漂わせる廊下に音が反響した。

「手始めに――チンカチンカに冷えたひゃっこい『にゅうぎゅう(牛乳)』でも持っててやるか」

 私は社会の歯車である以前に、一人の人間でありたい。
 うむ、何と無く私が正義な気がしてきたではないか。

「よし、全ての準備は整った――いざ逝かん」

 男としての本懐を遂げる為に、兵糧の準備と心構えを終えた私は意気揚々として、遠き理想郷(アヴァロン)の扉を開いた――

「よぉ、ご機嫌だな、兄だ……」

 ――瞬間、思わず身体が硬直した。
 脳が、筋肉が、細胞が、総じて活動を止めた。
 ドムン――と、手元から零れ落ちた牛乳瓶がシャワー室の床に落ちて鈍い音を立てた。
 
「え――」

 視線の先に居たのは確かに『真』だった。

 いつも先輩と私を慕ってくれた、後輩。
 いつも気を利かせて仕事を手伝ってくれた、後輩。
 何故かときどき妙にボディタッチをしてきた、後輩。
 社会勉強として厳選したありとあらゆるジャンルのAVを貸し与えた、後輩。
 貸した次の日から妙に態度が余所余所しくなった、後輩。
 
 振り向いた、その『後輩』である真の体は――『女性』特有の曲線でなぞられた身体だった。






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