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Cross Flick Online


 



 ――さてさて、如何なものか。
 『陸屋根』と呼ばれる屋根の勾配がほとんど無い水平な平屋根にうつ伏せになり、眼下に伸びる裏路地を覗き込みながら小さく溜息を零した。
 視線の先には自分が隠れている建物から二軒隣の民家の間を、ゆっくりと歩み進めているエルフの集団――その数、四人。
 甲冑に身を包み、身の丈よりも僅かに小さい大剣を携えている男性の重戦士。
 胸当て以外には目立った防具を身に着けて居ない、身の丈を越す槍を背負っている女性の槍士。
 厚手の黒いローブを羽織り、装飾の少ない木材で出来た杖を両手で抱えている男性の魔道師らしき者。
 動き易い軽装のみで、腰に鞭と短剣の二つを装備している女性の戦士。
 大体200cm〜250cm程度の狭い道幅の裏通りを槍士が先頭に立ち、他の者達と距離を置いて後方に重戦士と女戦士、中央に魔道師と言う布陣で固めている。

 侮っている訳では無いのだろうが――実に御粗末な警戒と言えよう。
 以前、ロゼが私に対して『野蛮なる者』と表現した事からも察する事が出来るように、本来リザードマンの知能指数は高くないのかも知れない。如何にもリザードマンと言う種を『おつむが足りていない』と思っている節が見られる。
 警戒して居るとは言え、そこまで注意深く回りに気を配っていると言う雰囲気で無いようで、臨戦態勢を整えながら前後に睨みを利かしていると言った所だろうか。
 『罠』は勿論の事『奇襲』を掛けて来るとは露程も思って居ない可能性が高い。

 その事実に、自分は特殊な事情があると解っていても「少々腑に落ちぬな」と思う反面、安堵の想いも湧いて来た。リザードマンに対しての識見の浅さは嬉しい誤算と言える。

 逃げるにしても厄介。必要以上に警戒されるは不味い。
 それも実力未知数の相手4人と言う事実を前にして、真正面から戦うには不安要素が多過ぎて如何するべきかと悩んでいたのだが、相手が余り慎重にこちらの様子を気にして居なさそうな雰囲気に『もしや――』と思い行動に移したのが功を奏した。
 足取りを緩やかにし、なるべく気取られないように裏路地に入り込み、相手の視界から消えた拍子を狙い、身長の高さと身体能力に任せて一気に民家によじ登った。民家の高さに最初は無謀かと思ったが屋根も無く、足を掛ける場所さえ在れば意外と何とかなる物だった。
 するとエルフ達は自分が隠れていると言う考えが頭に無いのか、我が眼を疑うように周りを警戒しながら陣形を整えるだけで、ただ慎重に歩み始めた。
 影が路地に落ちぬ様に西側の建物を選んだりなど、出来る限りの細心の注意は払ったとは言え、その場凌ぎ程度の期待しかしていなかったのだが――色々な含みも込めて『運』はこちらに向いているかも知れない。
 少なくとも現在の状況では、先制の機会と地の利はこちらにある。

「さてさて……如何様な手を打つべきか」

 奇襲の際に一網打尽に出来るのが最も理想的な展開と言えよう。
 もっとも、実現は困難と見た方が良い。その発想は余りにも相手を軽視し過ぎだ。
 ココで考えるべきは目標となる敵の優先順位。
 そう考えるて、身構えられる前に確実に倒しておきたいのは『魔道師』と『鞭を持っている女戦士』だろう。
 その二人に目星を付けたのは相手の戦力や雰囲気等では無い。
 ――知っているか、知らないか。
 基準と為るのはソレだけである。
 『戦闘』だけではなく『戦略』『研究』、果ては『礼儀』『常識』に到るまで――有象無象の全ての事柄に置いて『情報が無い』『物を知らぬ』と言うのは恐怖以外の何事でも無い。

 その点で言えば今だ目にした事が無い『魔法』と言う物は本当に得体の知れぬ『モノ』である。
 戦闘に置いて想像力と言うのは大事な武器では在るが、それに捉われ過ぎても不味い――しかし『魔法』と言うモノはそれ以前の話。
 相手の一挙手一投足、ありとあらゆる動きを読み解き、そこから起こり得るであろう動作を『想像』すると言うのが本来の戦闘に置いて必要な想像力なのだが、魔法の場合は現状に置いて想像の『基点』となる物が存在しておらず、想像の糸を伸ばした所でそれは『捏造』や『妄想』と同義の物しか生まれて来ない。
 鞭と言うのも同じである。
 熟練者が振るえば先端が音速を超える武器――その程度の認識しか持って居ない。
 
 情報に囚われるのは論外ではあるが、この様な状況では想像力と言う武器でさえ自身に牙を剥きかねない。

 何としてでも、この二人は奇襲に身構える事が出来ぬ間に倒したい。
 固定的、または画一的な先入観かも知れないが魔術師等は基本的に耐久力――ゲームで言えば『VIT』に相応するものが低いと言うのが『お決まり』である。
 既に『常人離れ』と言うよりは『化生』の域に達しているであろう自分の速度と腕力ならば、予想外の出来事や下手を打たない限り一撃で倒せる筈だ。
 
「とすれば……確実に狙えるのは重戦士、だな」

 それに関しては選択の予知は無い。
 奇襲の際に鞭使いと魔道師は狙うとして、此処から飛び降りる際に一人だけならば蹴り倒す事が出来る。
 本来ならば、二人のどちらかを狙うべきなのだろうが――体重100キロを軽く越す者が高さ4m以上から踏み潰した場合、相手の絶命は間逃れない。
 その点を考えての重戦士。
 職業柄を考えれば自身の『VIT』も高く、また防具の補正も考えれば即死と言う事は先ず無い筈だ。あくまでも勝手な憶測なので『最悪』の場合もあるかも知れないが、あの4人では一番可能性が低いであろう。

「――」

 無意識の内に喉が鳴った。
 如何しても『死』や『重症』『瀕死』と言う言葉を意識してしまうと、身体が強張ってしまう。なるべく意識から遠ざけようとしていたのだが、いざ目の前に立つと無視する事はやはり出来ない。

 口では如何取り繕うおうが、自分は命の遣り取りには馴れてしまった。
 後戻り出来ず、全てを受け入れた。
 
 そう思っていた筈なのだが相手がエルフ――人間だと意識しただけで、初めて魔物(オーク)を殺した時の両手の感触が、狂った方が楽だと思えた程の後悔が、何よりも正しい意味で、本当の意味で『人の道』を踏み外すと言う恐怖が心中深くから忍び寄る。
 それは埃だらけのまま物置の片隅に残された影の様な薄気味悪い姿をしており、ゆっくりと静かに、されども確実に血流に流されるように細胞一つ一つ侵食して行く。
 やがて骨は冷たい鉄柱を差し込まれたように四肢は硬く、重く、冷たく、気が付けば知らず知らずの内に僅かに両腕が震えて居た。

 この『壁』を乗り越えるべきなのか、乗り越えぬべきなのか――その答えは内にも、外にも無く、どちらが正しい訳でも非ず、自身で決めなければ為らない無常な問い掛けだと言う事だけは何故か解った。
 この世界には回復薬があるのだ、腕が折れた所で酷い怪我の部類にはならぬ筈。
 故に、思い悩む必要は無い。
 そう胸の内で言い聞かせる様に呟きながら、弱音も、強がりも、本音も、全てを飲み込み、あらゆる感情を心の片隅に追いやる。
 根本的な解決にならないとしても、少なくとも今ばかりは忘れなければならない。
 
「……やるしか、無いのだ。誰の所為でも、誰の為でも無く、自分の意思で」

 この戦いに、問い掛けの先にある答えが見付かる様な予感も僅かながら在る。
 男は度胸――解らぬならば、まずは覚悟を決める。
 歪まず、揺るがず、弛まず、捩れず、弱らず、折れず、捻れず、曲がらず、緩まず、鈍らず、衰えず、屈せず――心を定め、言葉に、身体に真直ぐな『なにか』を徹す。

「――鼓ォッ!!」

 内に潜んでいた『影』を丹田から迫り上げた気合と――言葉と表現出来ない咆哮のような『音』と共に吐き出す。
 その一瞬の間を空け、心身を縛っていた様々な『鎖』かた解き放たれた身体は、意識せずとも淀み無く動いていた。

「――■■ッ!!」

 その音で自分の存在に気付いた槍士が叫び声を上げたが、意に介さず重戦士に向かって一気に跳躍――こちらに驚きながら振り向いた身体へ、重力に逆らわず全体重を預けて押し潰す形で両足を叩き付ける。

 倶巌(グガン)ッ――と、悲鳴を掻き消す程の金属同士が打つかり奏でたとは思えぬ、鉄塊を地面に叩き付けた様な重低音が、足の底から振動と共に伝わってくるのを感じながら、支えの無い『張りぼて』の様に倒れている重戦士を足蹴にし、自分は戦場へと躍り立った。
 
「敵■ッ!?」

 良く聞き取れない悲鳴染みた叫び声を背中越しに聞き取りながら、その声の主の立ち居地を凡そ(おおよそ)で測り取る。
 そして屋根上から確認して居た陣形を大雑把に頭に描き、空間を把握しながら重戦士の上から素早く後ろへと飛び降りると、背に向かって躊躇い無く上から下へと叩き付ける様に裏拳を放つ。
 感触が――粘土を叩き潰したような感触が手首と肘の間の腕の部分に広がった。

「ヌゥッ!」

 距離を見誤り、打点が手の甲からずれているのを感じながらも、腰で生み出した速度を腕力に乗せ、威力が半減していると解っていながら構わずに振り抜いた。
 その直後、右腕に感じていた重さが消えた。
 同時に、壁にぶつかり鈍い音を篭もらせながら頬腫らし口から血を流す『ローブ姿の人形』が崩れ落ちて行くのが視界に入った。当然、その人形を支えて居た『糸』は見当らない。

「――ッ!!」

 目端に何かの動きを見た。
 振り抜いて体勢が僅かに崩れた肉体の――特に体幹に力を込めて傾いた上半身を無理矢理起き上がらせる。
 視界に飛び込んできたのは腰を落とした低い体勢で音を経てずに間合いを詰めてきた軽装の女エルフ。
 ナイフを右手に握り締めながら突き出していた。
 右手でナイフを順手で握り、死角から跳ねる様に虚を突いた刃の軌跡は、最短距離を一直線に奔る鋭い動き――故に、僥倖と言えた。
 距離を取られて冷静に為られたならば、当初の狙っていた短期に3人を倒す事が出来ずに状況は不利と為って居ただろう。
 しかし相手から『自分の間合い』に踏み込んで来たならば、幾らでも方法はある。
 また狙う箇所が読めたならば――構えを正した自分に捌けぬ訳が無し。

 突き出された右手を、自分から見て右側から左側に弧を描く様に左手の甲で受け、そのまま甲から掌へと手を回転させて流していく。その一連の動きの延長で、左掌で相手の右手首を掴み、腕だけで無く身体ごと流す様に対角線上に引っ張る。
 身長差があるにも拘らず喉を狙ってきた右手は、相手の頭上より高く伸ばされており、体勢の崩されている今――その美しい顔への『道』を阻むものは、何一つ無かった。
 伸びきった相手の右腕の潜り、女性を外へ引っ張った際に生まれた腰の動きを右腕に伝え、小さな動きで顎先を掠め取るように突き上げた。

 ペキッ――と、乾いた枯れ枝が折れる様な音が路上に染み込む事無く響く。
 美しい顔立ちであった筈の女性は口から血を断続的に吐き出し、白目へと裏返り、あられもない表情を浮かべながら力無く崩れ落ちた。

 加減をしたつもりだったが、完全に顎を砕いてしまったようだ。
 微かに胸が歪に軋み、僅かに身体が硬直し、湧いて来た罪悪感に飲み込まれそうになる。
 ――揺れてくれるな、私の心。
 そう胸の内で小さく呟いた後、全てを振り払うかのように女の右腕を掴んでいた左腕一本の力で路地脇に投げ捨てる。綿と布で出来た等身大の人形を放り投げるように。
 深く考えず、思考を破棄し切り替える事が出来たのは、場流れと言う勢いの中で合ったのが幸いだったと言わざるを得ない。

「――」

 そのままの流れで槍士に――と、意識した時には相手から『離れる』為に後ろへ跳躍を行った。
 備えていたのだ。
 仲間が倒されているのを意に介さず、万全の状況で待ち構えていた。
 それを見た瞬間、思わず「厄介だ」と口の中で言葉を転がした。 
 狙おうとすれば背後から襲えた筈だ。しかし、それを敢えてせず自分の『領域(間合い)』を作り出していたと言う事は、既に掻き乱されていた思考は制され、冷静に物事を判断出来る事に他ならない。
 相手の判断や考えが深謀か浅見か、どの様なものであるかは解らないが、少なくとも理解しているのだろう――流れを途切れるのも、体勢を整えられるのも、長期戦に為れば不利なのも、あらゆる面で劣勢に追い込まれるのは『こちら側』だと言う事を。

「いやぁ――参った参った。ほんと、もう嫌んなる程に、ものの見事やられちまったさ」

 投げ掛けられたのは、声質が落ち着いているのとは対照的にぞざんで、妙に耳に残る声。
 だが、その投げ掛けてくる言葉に反応をせず、相手の得物に意識を向ける。

 手に持つのは全長が凡そ(おおよそ)200cm程の槍。
 穂先は30cm前後。形状は片刃で僅かに湾曲の簡素なもので、見た目は『グレイヴ』と『ヴォウジェ』の中間と言った所。突きが主軸となるのだろうが、場合によっては薙ぐ事も出来る『質実剛健』を表す様な無骨な印象を受ける。
 向かい合っている路地裏の道幅は200〜250cm程度なので足払い等、左右から薙ぐ攻撃は難しいのは有難いが、槍の形状を生かした突きを主体に攻められるのは厄介と言えた。
 また、こちらも足を使って左右から回り込み、死角となる領域を占位と維持をする事が出来ない事も同時に理解した。

「……」

 壊れて鳴らない笛から空気が抜ける様な音を小刻みに踵で鳴らしながら、互いに直には手が出せないと言う程度の距離を取った。
 一足一刀――剣道に置いて『一歩踏み込めば相手を打つ事が出来、 一歩下がれば相手の打ちを捌く事の出来る間合い』と言う意味を持つ。その言葉を借りて言うならば、両者の間に作られた間合いは『五足』分と言った所だろう。
 槍の攻撃範囲は、刀の約1.5倍の――単純な武器としての長さならば約2倍なのだろうが、長柄である槍等の武器は普通に構えると柄の中央部に右手を添えて、肩幅よりも心持ち少しゆったりと石突側を握り締める形になるので、基本的な間合いは武器の大きさに正比例する訳では無くある程度狭まる――間合いを持ち、対して無手の攻撃範囲は両腕の稼動範囲となるので無論、狭まい。また、拳打の有効命中圏となると更に狭くなる。
 しかし――と言っては何だが、自分は『ダ・ヴェルガ』を装備している時、一瞬で詰める事の出来る間合いは倍の二足分、攻撃動作や回避行動を考え無い『距離を詰める』と言うだけの直線的な動きならば四足以上になるだろう。
 故に、五足分。
 近からず、遠からずと言った間合いである。
 
「アタシとした事が、こんな手で裏を食わされるんざ想像だにしなかったさね」
 
 開いた間合いに関しては興味を示した様子も無く、自分に対してか、自身に対しなのか皮肉気に笑みを浮かべ、何処か気だるげな印象を受ける口調で話し掛けて来る。
 自分がこのまま逃げ去るとは思って居ないようだ。もしかしたら、相手にとって『ソレ』は望む所なのかも知れない。
 本音を言えばこのまま戦略的撤退と言う名目で逃亡を図りたい所なのだが、そうした瞬間に叫ばれながら追われ、増援を呼ばれて最終的に挟み撃ちをされる可能性がある。
 また、相手がどれだけの人員を動員して、どれほどの規模で包囲網を広げて自分達を囲っているのかも解らない状況でもある。
 愚行とは言わないにしろ、得策では無いだろう。

「――」
 
 口調や表情は倦怠な空気を醸し出しているが、それに惑わされると痛い目を見るだろう。
 そう思える『空気』が距離を取り、改めて向かい合った事で始めて彼女には潜んでいるのが感じ取れた。
 「こう言った手合いは厄介だな」と呟こうとして、全身の腱が張り詰めているを感じ、知らず知らずの内に自分が緊張して居るのを理解した。
 これは宜しくないと、自身に流れる液体を意識しながら全身の脱力を心掛けて一定のリズムで小刻みに跳躍を繰り返し、筋肉を解き解して行く。そして気取られぬ様に心掛けながら、ゆっくりと相手を観察する様に視線を動かす。

 ――そう言えば、正面から『エルフ』を凝視するのは初めてだな。
 そう思えたのは『エルフ特有』のと言うのが正しいのかは解らないが、陶磁器の様な白さとも、光に透ける初雪の様な白さとも言える、美しい色白の肌を見たからだろう。
 もっとも、動き易さ重視の為なのか、映画等で良く見る若草色の服装ではなく、ゲームやライトノベルで描かれている様な時代背景を完璧に無視した露出度が高く、洒落っ気がふんだんに含まれている服装をしている為に視界に飛び込んで来たと言うのもあるだろう。
 防具である鉄らしき金属と革を合わせて作られた弓道に使う様な胸当てと、両足を守る膝丈まである革製のブーツを身に付けているが、臍を晒したり、膝丈までしかないパンツを穿いたりしているので、露出を抑える効果は皆無に等しい。
 ロゼも違うベクトルで時代背景に背を向けた服装をして居たが、彼女の場合は逆に露出を極力抑える服装だった。

 相対しているエルフの女性とロゼ、共通しているのは顔立ちの美しさと耳の形、それと装飾品の類は極力身に付けて居ないと言う以外は、似ても似つかない――美形と言う点は変わらないが、それは容姿にも同じ事が言えた。
 ロゼが『不遜で気高い鷹』や『抜き身の妖刀』を彷彿させる鋭い三白眼が特徴的な容姿ならば、目の前に居る現在のエルフの女性は『狐の皮を被った虎』を臭わす『何か』が潜む容姿と言った所だろう。
 耳が髪で隠れるか隠れないかと言った程度に短い光沢のある金髪。
 活発的な印象を受ける髪型とは逆に、口元は薄らと笑みを残しながら、開けているのも気だるいと言わんばかりの目付きなのだが――目の奥には、隠し切れて居ない剣呑な鈍い光が感じ取れた。
 
 ただ相手が立って居ただけならば、その目の奥に燻っている『モノ』に気付けなかっただろう。
 気が付いたのは構えに――槍を構える身長が160後半程度しか無い女の立ち姿に身を屈めて潜む猛獣の姿を見たからだ。

 構えは右中段。
 背筋を張りながら腰を落とし、両足を肩幅程度に開いて半身に近い形で槍の尖鋭な穂先を微動だせず自分に向かって突き合わせる。
 肩幅よりも僅かに踏み込んで来ている右足の指先は前に向いているが、左足の指先は外へと向けて内腿をこちらに向ける形となって居り――それは自ら攻め込まず、相手を誘い込んで迎撃する意思が見て取れた。
 
 それが相手の得意とする『構え』であり『戦い方』なのかも知れないし、この『戦場』に合わせた『構え』なのかも知れないが――どちらにせよ隙の無い、非常に安定感のある構えで、見ているだけで迂闊には踏み込ぬ凄味を肌に感じる。
 悔しいが――相手の選択は正しかった。
 片や腰を据えての攻防が得意であるならば時間を気にせずに良い状況で、片や自分は長引けば不利になり、何よりも距離を縮めなければ如何する事も出来ない『無手』である。
 数瞬前に「こう言った手合いは厄介だ」と呟いた自分の言葉を、改めて実感した。

「しかも、相手がリザードマンと来たもんだ。油断したつもりは無かったんだけどねぇ、アタシも焼が回ったかいね?」

 自分が凝視をしている事に勘付いては居るのだろうが、相手は言葉を止めない。
 そう言った性分のなのか、時間稼ぎの為か、それともただの興味本位なのかは解らないが、相手は明らかに自分を誘っている。
 時間が掛かれば不利になるのは『こちら』なので無視をするのが妥当なのだろう。

「――確かに、油断はしていなかったのだろうね。しかし、君はそれ以前に大きな間違いを犯している」

 が、敢えて誘いに乗った。
 理論的では無いが、乗らねば――戦えぬ気がしたのだ。

「それは『リザードマンならば』と言う『常識』と言う言葉を模った『偏見』に固執し、あらゆる可能性を熟考する事を破棄した。幾ら四方八方へと常に細心の注意を払った所で、立ち位置からして間違っていたのでは何をした所で徒労に終わっただろう」
「……」
「故に『油断した』ではなく『常識に捉われ過ぎた』と言った方が適切かと思うよ、美しいエルフの御嬢さん」

 如何なる状況でも論理的に、されど皮肉を込めて丁重に言葉を返すと言うのが持論の一つである。本来ならば恭しく一礼でもしたい所なのだが、流石にそこまでは油断出来ない。

「は……ははっはっは!いやぁ、参った参った」

 自分の対応の何が面白かったのは解らないが、この世の全てが『オモチロイ』とばかりに微動にしなかった穂先を揺らしながら快濶に笑った。
 まるで『いたこ』に何かが憑依する現場に偶然にも居合わせたような、何とも居えない妙な思いが胸に広る。
 それでも隙が見えなかったと言うのも凄い話では在るが、一頻り笑った後、倦怠感が拭えずに居た瞳を爛々と輝かせて自分を凝視すると、まるで言葉を発するのが勿体無いとばかりにゆっくりと口を開いた。

「いやぁ――ね、心底驚いたさ。アンタ見たいな『馬鹿げた』知性を持つリザードマン何て初めてさ」
「私の耳が悪いのか、全く褒められた気がしないのだが……安い挑発ならば、こちらとて武力行使に出るのも吝か(やぶさか)では無いぞ」

 そう言って半歩踏み込むが無論、本気ではなく誘い文句である。珍獣を前にしたかのような態度に、釈然としない気分は確かにあるが今は時期ではない。
 こちらが強気な態度で来るとは思って居なかったのか、益々口元の笑みを濃くしながら相手も摺り足で僅かに距離を詰めて来た。
 攻め込むつもりは無いが、踏み込むつもりはある。そう言った意思を感じ取れる間合いの詰め方だった。

「おいおい、そう『おどける』なよ。もう少し話しようじゃないさ。あたしは久方振りに心の底から興奮してるんだ」
「……ふむ」
「中々如何して……最初は、王族殺しのロゼッタがアンタを裏口から出した時は、金品か何かで脳筋なリザードマンを誑し込んで囮に使ったもんだとばかり思って『暴れるだけしか出来ない畜生相手だから』と、大した期待もせずに義務だけで追って見たが……うん、本当に良い意味で期待を裏切られたよ」

 語り出したら止まらない。
 そして、聞き手の意思を掴み離さない。そう言った勢いのある口調だった。

「今思えば、アンタが言った様に頭が『偏見』で凝り固まって、柔軟に物事を考える事が出来なかった。思えば、最初から可笑しかったんだよな。その服装といい、立ち振る舞いといい……気が付こうと思えば、気が付けた筈なんだわ。
 その結果がコレだ。姿を晦まされて仕方が無く部隊を二つに分けるかと思った矢先に奇襲を掛けられて、残ったのは部隊長であるアタシ一人……アンタの指摘は的確だよ、本当に――しかも、鮮やかに部下を潰した腕っ節や、隊長を見極める慧眼といい、その上誘いに乗ってアタシから情報を引き出そうとしてるだろ……心底、恐ろしいやっちゃね」
「……まぁ、な」

 そうか――部隊長だったのか。
 とは流石に言えず、見栄を張る訳ではないが、相手が都合良く解釈してくれているのをわざわざ訂正する必要もあるまいと、文脈の何処を探しても愉快になれる要素が僅かも無いと言うのに呆れる程の笑顔で話す相手を見ながら、心の内で小さく呟いた
 やはり、運がこちらに向いてきているようだ、な。
 そう自分に言って納得する事にした。

「しかし……そこまで興奮するほどなのかい?」
「ん、何がさね」
「表現は悪いが『老獪』と言った雰囲気を被っていた君が牙を剥き出して、隠していたであろう本性を曝すほど……この現状が愉快な事なのか?」
「ああ、そうさ、愉快な事さね!アタシはね、策謀を張り巡らし、計略を使いこなし、特に対人に置ける駆け引きは軍内部で屈指の実力者――その読みの深さ故に、人を意のままに操っていると錯覚させる腕前から『傀儡師(かいらいし)』と言う銘まで貰ったんだよ」
「読みの深さ、か。それが事実ならば、大した腕前なのだろうが……自ら言う辺り随分と自信もあるようだな」

 『壮麗』と言えば良いか『絢爛』と言えば良いか、随分と立派な呼び名である。
 もっとも「良く解らないが何と無く気圧される」と言う相手を威圧する『演出』と言うのは存外に効果があるので、有効的であるかも知れない。

「そう言う訳じゃないんだが、アタシ自身よりも周りが囃し立てるもんでね。正直、そんな御大層な呼び名がむず痒くてしょうがない時もある。だがね――普通に生きているだけじゃ詰まらな過ぎて、あらゆる事を『知りたがる』アタシが腹の底から驚き、身体が震える様な出来事がからっきしだったのも事実でね。
 本来は重要拠点である『アーチボルドの砦』で神算鬼謀の防衛隊長と祭り上げられて、前線に立たせて貰えずに、渋々指揮を取ってるんだが嫌気が差してね。無理矢理今回の件に絡んだんだが……あぁ、正解だった」

 そう言って悦に浸る。
 光悦に浸る。恐悦に浸る。愉悦に、満悦に。
 そう言って語る。
 嬉々として語る。鬼気として語る。

「アタシの持っていた全ての『常識』を打ち壊す様な存在、今まで万物全てを知らぬ事無しと『自分を誤魔化す様に』悟っていたつもりの今までの人生を、完膚なきまでにズタボロにしやがったんだよ!?
 ココ数十年、乾いた面白みも無い知識ばかりを得ていたアタシが出会った、久し振りの『親愛なる非常識』――コレを興奮せずと言うのが無理な話だろ、な?」

 そう呟く相手の瞳の奥に、狂気の光を垣間見た。
 そして不覚にも、その純然たる輝きに見惚れた自分が居た。
 なるほど――コレは『凶人』であり『強敵』だ。付け加えるならば、如何なる人種よりも『厄介』であろう。

「まぁ、話が反れちまったが興奮しているのはそれだけじゃぁない。アタシは謀の方が得意だが実践の方が好きでね、如何にもアンタは他のリザードマン――いや、ココ何十年の間に戦った連中とは『違った術(モノ)』を持ってそうな臭いがする」

 しかし――嫌いな人種では無い。
 反論の余地が無い程の如何しようも無い、如何したくも無い『犯罪者』は別として、何かに取り付かれたように、一心不乱にたった一つの単純な物事を追い求める人種には、その人種にしかない独自の輝きがある。
 そして如何なる光で在れ、そこに到るまでに磨かれた経緯が見て取れる、唯一無二の色艶を魅せる輝きが自分は嫌いでは無い。
 自分がそうであるように、彼女もそうなのであるのかも知れない。
 若干ではあるが、彼女の秘めたる『狂気』に共感を抱いた。

「だから――悪いが、難癖を付けさせて貰うよ」

 前言を撤回したい物言いだったが、彼女の言い分に間違いは無いのだろう。
 こちらは『悪役』、あちらは『別の形の悪役』なのであるから道理と流れとしては確かに間違って居ないのだが、この釈然としない心持は何だろうか。

「アタシの部下をこんなにしてくれた落とし前、それに関しては如何思っているんだい?」
「全く、急にだね」
「強引かも知れないが、こいつは『大事な』事なんだ。答えて貰えると単純にアタシが嬉しいんだがね」
「……その答えはによって何か変わると言うのか?」
「アタシのテンションや好感度、気合等、主に精神面で色々と変わるね」

 殊の外に遠回しな物言いだが「答えによっては手心を加えてやっても良い」と言う事なのだろう。
 もしもそうであるならば、答えは決まっている。

「なるほど、な――ならば、尚更答えたくは無いな」
「ほぉ……どうしてか、聞いても良いかい?」
「……私の本意が如何あれ、自らの意思で手を下したのは変わらん。だから、だ」
「――」

 仕方が無かった。
 そうするしかなかった。
 それ以外に方法が無かった。

 そう言った、已むを得ない事情と言うのは存在するだろう。
 何せ、この世は僅かな合理性と莫大なる量の理不尽で成り立っている。
 しかし――それを理由にして何になると言うのだ。
 確かに、罪悪感はある。
 胸が軋む思いもある。
 勿論、後悔もある。
 様々な感情が、今も胸の奥で犇めき(ひしめき)合っている。

 だが、自らの意思で行った。
 自らの意思で倒した。
 嘘は無い。どちらの想いにも嘘は無いのだ。
 何よりも、弁解をするのであれば最初から選ばなければ良かったのだ。
 暴力も信念も、時として『矛盾』を宿す拳を使う事を。
 
 それは現実から眼を反らすと言う訳では無い。別の道を歩むと言う意味で、それは決して間違いでは無かった筈なのだ――手を開くと言う行為は。
 
 そうすれば人を包み込む掌(てのひら)となり、そこに宿る暴力は消える。
 そうすれば平穏を掌に収め、そこにある後悔は消える。

 そうすれば――ロゼと自分との間にある『縁』を、手放せた。

 しかし、それを選ばなかった。
 手を強く、ただ強く、胸に残っていた願いを逃さぬ様にただ強く――自分は拳を固めた。
 そうして、拳を振るう事を選んだ。
 今は最初の願いと同等の、様々な物を握り締めた拳を開く事が出来ない。
 ――掌よりも、拳の方が大事だった。
 それだけの話に――何を答えろと言うのだ。
 
「背負っているもの、胸に宿すもの、語れぬ事情、様々な理由で人は戦うが『闘争』そのものは――純粋たるもので在るべきだ。そう思うからこそ私は何も語るつもりは無い」
「……そう言うからには、自分の意思で『ロゼッタ』に従っている訳だ」
「語弊があるな」
「ほぅ……ならば何ぞなんだい、まさか無理矢理と言う事も無かろうて?」
「違う、そこでは無い。自らの意思と言うのは本当だ。ただ、従っている訳じゃない――私達は経緯が如何であれ対等で、互いの意思で共にして居る」
「……王族殺し、だと言う事も承知なんだよな?」
「重々な。もちろん、私は無実だと信じているがね」
「世間はそう思っちゃくれないよ」
「それも解っているさ。事実が如何であれ、世間の流れが全て――それは簡単には、如何あっても覆せぬだろうな」
「ならば、何故手助けをするだい?そいつは生半可な『モノ』じゃないだろ?」
「いや、そんな大層な物じゃない。ただの『ものの弾み』だよ」

 そう、弾みだった。
 その言葉に嘘は無い。

「へぇ……アンタは聖人君子か何かかい?大したもんだねぇ」
「私をそんな人格破綻者と一緒にしないで貰いたいね。無償の奉仕――そんな物は傲慢以外の何物でもない。もしも、本心からそれを行える者が居るとしたら、それこそ本当の化物だろう」

 決して、無償では無い。
 だが、何かを貰ったと言う訳でも無い。

「んじゃ、アンタは何かをロゼに求めたのかい?」
「身の安全と、人との繋がりを」
「はぁ……それで指名手配犯を助けた?言ってる事が支離滅裂、死滅に破裂でらしくないねぇ……アレか、アンタは偽善者か」
「まぁ、如何しても言葉に現したいならば『偽善者』で結構だ」

 在るのは、ロゼを助けた際から今までの様々な思いが交差した流れ。
 それを言葉で片付けて他人に説明すると言うのは無理がある。
 説明出来る程、簡単な理屈じゃない。また、この感情は理屈では解らぬだろう。

「人生の先駆者として、アンタに忠告をしといたあげるよ。人生は綺麗事だけで如何こうなる物でも無い」
「そうだろうな。身に染みて良く解る」

 些細な擦れ違いから親友に裏切られた事もある。
 正直に事を願い莫迦を見た事もある。
 しかし――

「だがな、綺麗事も言えぬ様になっては――人生、つまらんだろ?」

 正直に生きるからこそ、背筋に一本筋が通る。
 全てに置いて――と言うのは無理だというのも解る。
 しかし、それを認めた上で正直に生きたいと強く思う。
 綺麗事だけではまま為らぬ、しかし綺麗事を言えぬ様な人間は悲し過ぎる。

「……良く解った。あんたは聖人君子でも、精神破綻者でも無いのがよーく解った」

 溜息を吐くと――

「――ただの重度の御人好しだよ」

 そう言って、楽しげに笑顔を浮かべた。
 対峙した際の印象は『狐の皮を被った虎』だったが、今は『好奇心旺盛な梟』と言った所だろうか。
 受動的な際が前者で、能動的な際が後者の顔が出てくるのは世界観が変わっても同じようだ。根本的には変らないだろうが、顔は一つでは無いと言う良い例である。

「いやいや、本当に話た甲斐があったよ。ココまで『生粋の戯け者』はちょっとやそっとじゃ御目に掛かれないレベルだからねぇ……アタシが求めているもんが久方振りに得られそうさね」

 会話の内容を問わずに相手を離さない。
 やはり、そう言った特性があるのかと思える程に、予想以上の時間を会話に気を取られてしまった。
 ここまで随分と時間を稼がれてしまったのは自分の失態である。
 いや、大声を上げられて仲間を呼ばれなかった事を考えれば、分の悪いモノでは無かったかも知れない、が。

「そんな顔をしなくても大丈夫さ」
「……それは如何言う事だ?」
「今は『まだ』街の外を囲っている状態だ。中に潜り込んでいる人数はそう多いもんじゃないさ――じゃなきゃ、アタシも悠長に構えちゃ居ないよ」

 表情を読まれたのか、随分と気前の良い事を教えてくれたものである。
 嘘では無いのだろうが、だからと言って、このまま時間が掛かれば誰かがやってくる可能性が消えないのも事実。決して安心出来ると言う話では無い。
 それに、今ならばこの場を離脱しても良さそうだが――今更、後には引けないだろう。

「はっはっは、久々に暴走しちまったよ……如何にも、アタシは『前口上』ってのが大好きでね」

 もしかしたら、自分に情報を教えたのは後方の憂いを絶つ事によって、この場での対等な状況を整える為なのかも知れない。
 その様な事を考え、相手の真意を読み取ろうとして居る内に会話は進んでいた。

「知ると言う行為は、挑むと言う事と同義だと思う訳さ。知識を得るにはまず、自身を掛けて戦わなけりゃならない」
「――」
「経験も含めて全ての『智識』と言うのは万人に共通する。その世界じゃ全てが敵で、味方で、また同時に師でもある。そう気付いた時からアタシは智識の――『探究心』の虜になった。長寿種は日々を惰性に生きる気質があるが、そいつがアタシには我慢出来なかったんだよ」
「それが口上戦の何処に掛かるのだ?」
「闘争と言う場に立つには半端じゃない気力が居る。だからこそ、短い『語り』の中に人柄や、積み重ねた技術、本来の気質、思想、それらが圧縮されて濃い密度の『モノ』が篭められている」

 問い掛けに答えるつもりがあるのか無いのか解らないが、『演説』は弱火に炙られているかの様に、じわじわと熱を帯びてきた。
 その内容は個人的には興味深いものでもあったので、身体を動かす事だけを止めずに聞き入る事にした。

「そしてアタシが戦いと言う一瞬で、相手の一生を、一片残らず全て食い尽くす――ただの『狂人』と言われても構いやしないが、最低限の礼儀だと思っちゃ居るよ」
「――」
「だが、時々『アンタ』みたいな『極上の劇物』が見付かる時がある――底が全く見えないんだよ。それこそが、アタシの至上の幸福の一つなのさ!」

 語られる言葉の一つ一つが、単純に身体を震わした。
 一転の迷いも曇りも無い純粋な気持ちに、高揚感が内側から沸き立つ。

「勝手に期待させても貰うよ。応えてくれると尚嬉しいが取り敢えずは――アタシの全てを晒してやるよ。アンタとアタシ、どちらの底が深いか」
「……あぁ」

 だと言うのに――争わずに済むならばソレが一番だと、理性が先に出た。
 陳腐な正論が、返答を一瞬遅らせた。
 
 正論は時として『迷い』と言う形で表れる。
 揺れてくれるな――自分の心。
 繋がりを見出そうとするな――自分の弱さ。

「――」

 本気で倒しに行く。
 骨が折れる位の怪我ならば、きっと直に治る筈だ。
 殺すつもりは毛頭無いが、その腕の一本や二本ぐらいは覚悟して貰うしかない。
 それは――如何しようも為らない事なのだ。
 如何にかしてはいけない事なのだ。

「おっぱじめる前に自己紹介と行こうか!」

 思考を踏み潰すような震脚をして改めて構えを正す。

「遅ばずながら、御紹介させて貰うよ――『アーチボルドの塔』防衛長、『傀儡師』の『メニア』と呼ばれる。そんでもって、アンタは何者だい?」
「……私はガラ。ただの化物、だ」
「そいつは、最高に格好良い答えじゃないか」

 そう言ってエルフの女性――メニアは口の端に笑みを見せた。
 自分はただ意識を集中させる為に黙々と身体を動かし続けた。



 ――後ろからヒタリヒタリと近付く、不穏の影を振り払うように。





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