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Cross Flick Online

 




 中世ファンタジーの中規模な街並み――使い古された言い回しではあるが、建ち並ぶ民家や暮らし、服装を見る限り、やはり表現するとすれば一番適切かも知れない。
 とは言え、整然とされた街並みや舗装されている道路等の眼に見える部分や、街全体に行き届いている用水路を筆頭とした、街全体の清潔感を保つ為の技術や発想――それ以外にも調べればあるのだろうが、このような元の世界に通じる部分は実際の中世には無いモノだっただろう。
 もっとも、ゲーム中には元の世界よりも技術が発達したMAPも存在していたので、御都合主義以前に納得できてしまうが。

「――」

 やはり街の中心となる通りだけあって、人通りが多いな。
 実際に歩いてみると複雑で、入り組んだ場所に妖しげな店が建っていたりするのだが、基本的に街の形はゲーム中のMAPと同じで、またプレイヤー達が多かった場所の分布等も反映されている。
 街の造りとしては、中央に精巧に造られた噴水が置かれ、そこから四方に大きな通りが伸びている。そして通りに沿う形で様々な店が立ち並び、それらを囲む形で民家等が立ち並び――北側を上とするならば、街の全体図が丁度『長方形の箱に収まった十字架』の形のようになっている。

 ゲーム中では首都と各MAPを繋ぐ中間点としての役割を持っていた、規模の然程大きくない街であったが、実際に歩いてみると端から端まで結構な距離があるのが解る。
 元の世界とは違って、各方角に設置されている入り口以外は、外敵から守る為に塀が張り巡らせている為に、逆に大きさが際立って見えるのかも知れない。
 そして、自分達が今歩いている場所が北から南に中央に奔るメイン通りなのだが――

「――」

 ――些か居心地が悪い、と言わざるを得ない。
 自分の一挙手一投足を注視されているのでは無いかと錯覚を覚える程に、街行く人々の注目を集めてしまう。
 場所も場所で、時間も昼時に差し掛かっている頃なので、人が多いと言うのもあるのだろうが――気持ちとしては『モーセ』の如くと言うよりは、檻から逃げ出した『猛獣』の如くと言った所か。
 陳腐ではあるが『視線が痛い』と言う奴だろう。
 様々な種族が往来しているとは言え『リザードマン』は物珍しいらしく、また常人離れした体格から、普段も街に出歩くと目立ってはいたが――今日はそれに輪を掛けて一段と注目を浴びてしまっている。
 別に自分一人で歩いていて、普段以上の視線を浴びるならば、ここまで気にしないのだろうが、今日は『連れ』が居るから逆に意識してしまう。
 如何やら思った以上に自分は小心者なのかも知れない。

 露天商が居ないからまだ良いが、これで居たらと思うと気が滅入る話である。

 この通りには――いや、この街には幸いな事にゲーム中ならば良く見かける露天商の姿は無いのだ。
 だからと言ってこの世界には存在しないのか、と言えばそうでもないらしい。
 如何やらゲームと違い、露天を構えている場所が極端に別けられているとの事。
 首都等の大きな街では喧々諤々と言った感じに非常に賑わっており、逆にこのような比較的小規模な町には商人は存在しないらしい。
 その代わりに物流のやり取りは盛んらしく、武器屋等に直接売って行くようだ――とは言え、やはり大きな街と比べると物量や種類は見劣りするらしいが、様々な武器が置いてあると聞く。
 どれもこれも自分で見聞きした確かな情報ではなく、人伝に聞いた話から推測したものなので何とも言えないが――今まで必用が無かったので行った事が無い、この世界に来て御初となる武器屋に行ってみれば、事実が如何か解る話だ。
 道具屋には雑貨品を整える為に何度か足を運んだ事はあるのだが、な。クリクやハンティングナイフもその際に揃えた。

「……ふぅ」

 しかし、本当に皆が皆同じ様に避けて行くな――と、半ば呆れながら感心してしまった。
 こうもあからさまに反応をされると逆に対応が取り易いが、やはりあまり気分の良い物ではない。悪意や敵意に弱いせいか、普段以上の好奇の視線と言うものに少しばかり堪える。

「――」

 ロゼは如何だろうか――と、若干心配になり自分のやや後ろを歩き、同じ様に奇異の眼を浴びているロゼを、視線だけ動かし盗み見る。
 身長差の開きが大き過ぎて見下ろす形で捉えるが、角度が悪いせいではっきりとロゼの表情が見えなった。
 
 座っている時は意識しなかったが、立ち並ぶとやはり視線が違う事を実感する。
 ロゼの身長は低くない。むしろ、高い部類だろう。
 目測で言えば、大体170後半はあるのでは無いだろうか。
 それに比べて自分は身長が210――下手をすれば220を越すかも知れない。
 如何考えても、自分の体躯が大き過ぎるのは明確である。

「ふむ――」

 かたや『腕輪』をして居ないダークエルフ。
 かたや執事服に身を包んだ巨漢のリザードマン。
 改めて考えれば、これで目立たぬと言う方がおかしい、か。
 そんな思考を流しながら歩いていると、目的地まで後少しと言う所まで近付いてきた。

「……」
「……」

 ――それにしても、先程から会話が止まったな。
 宿を出てからココに来る途中まで何度か言葉を交えたが、段々と口数が少なくなった。そう感じるのは気のせいでは無いだろう。

「……さっきから押し黙っているが如何した?」

 気になってそう尋ねると、相変わらず異様なまでに眼付きの悪い事を除けば、変化の少ない表情のまま片眉を上げて、僅かに思い悩んでいるような表情を作っていた。

「いや、何……僕は『無償の好意(行為)』と言う物は絵空事にしか存在しないと思っていたからね。如何にも裏が在るのではと訝しくてね」
「――」

 神妙な顔で何を言うかと思えば。
 確かに、密度のかなり『濃い』時を過ごしたとは言え、出会って間もない相手に色々と恵んで貰うとなれば疑うのも解らんでもないが、変に遠慮されると自分としても如何すれば良いのか解らず、少々困るってしまう。

「はぁ……そう思うのも解らんで無いが、裏なんて無い。あるならば当の昔に何か仕掛けているだろ?」
「そうなんだ、そこが問題なんだよ」
「……何が問題なんだ?」
「裏が無いのに、ここまで好くされて居ると言う事実が不可解で仕方が無くてね」
「むぅ……難儀な性分だな」
「厄介事が嫌いと言いつつ、見捨てる事が出来ない性分の君に言われるとはね」

 全く持って口さがない人間である。
 とは言え、事実は事実。
 基本的にロゼの言葉は、あながち間違ってはいない。もっとも『あながち』なので、それらが全て的を得ているかと言われれば首を傾げる所だが。
 どちらにせよ自覚しているとは言え、己の難儀な性分を他人に指摘されると、何とも言えない気持ちになるものだ。

「さっきも言ったが、何が起こるか解らないんだ。戦闘の際に万全で無いが為に『私の命』が危機に晒されるのは御免被りたい――と言う理由で、取り敢えずは納得してくれ。自慢じゃないが、金銭面でも問題無い程の蓄えもあるからな」

 指摘されて若干持て余し気味の感情は、何とも言えない感情だけあって、何とも言えずに飲み込みながら、二度目となる言葉を諭す様にロゼに言った。
 蓄え――と言う言葉を使ったが、正直な話をするならば、惜し気も無く、気前良く、飲み水を垂れ流すかの如く他人の為に使えるのは、自分が『御人好し』や『ど阿呆』だからと言う訳で無い。
 語幣無く、誤解無く、正しい意味合いで――この世界での自分の金銭感覚は破綻しているのだ。その言葉の意味を、額面通りに受け取って貰いたい。
 云わば、自分の手元にある金銭の類は『自分の金であって自分の金で無い』と言うべきだろう。
 極端な話『眼が覚めたら何十億と言う金額が入ったカードが自分の物になっていた』と言う状況が一番近い。
 それは『何時か』は無くなるのは解るが、その『何時か』が『何時か』なのか解らない程の金額――それ程までの金銭を何もせずに手に入れたのだ。確かにゲーム中で自分が稼いだ金では在るかも知れないが、やはり多少の苦労をして自分で稼がねば実感は沸かない。
 
 具体的に言えば、アイテムを露天等で換金して居ない現時点でも、ゲーム中と同じ様にロゼの装備品を全ての露天の高価な『モノ』で揃えても2割削られるか如何かと言う程にはある。
 こういったゲームは大抵、装備が整えば後は溜まる一方だからな。

「む――ココだな」
「ん?あぁ、確かにそうみたいだね。しかし、見難い所に看板を掛けなくても良いだろうに」

 思索に半分、会話に半分――思考を分割しながら会話をしている内に、気が付けば目的地に着いていた。



                     ∞         ∞



「いらっしぁ――」

 最後まで言葉が聞こえなかったのは、入り口の鈴の音に掻き消されたからでは無いだろう。
 50歳前後で白髪のドワーフの様な――ドワーフと言う種族は存在しているが、如何やら似ているだけのようだ――ずんぐりむっくりとした風貌の男性が、カウンター越しに自分達を確認した後『厄介そうな客が来た』とばかりに嫌悪感を出して言葉を止めたのだ。
 もっとも、すぐさま表情を『店主』の顔で上塗りしたのは流石と言う所だろう。それでも憮然とはしているが、幾等かましな表情を作った。

「失礼、商品を見させて貰うよ」

 あぁ、と短く言葉を返しながら胡散臭げに見てくる店主を気にせずに、背を屈めてドアを潜り店内に入る。
 ロゼは私が短く断りの言葉を店主に掛ける前に、するりとふてぶてしい猫の様に入って勝手に店内を物色し始めていた。

「ほぉ……」

 感嘆の声が零れた。
 初めて入る武器屋の店内には、殺伐としながらも魅入ってしまう雰囲気と、鉄の臭いと油のような臭いが雑ぜ合った、表現が難しい独特な空気が在った。
 聖職者にとっての協会が大きな意味合いを持つ様に『神々しさ』とは違う方向ではあるが、戦う者にとっては同じ様に、一種の『敬意』を覚えてしまう何かが存在して居た。

「――」

 店内を軽く歩きながら、ゆっくりと周りを見渡す。
 外観から広い事は解っていたが、思っていた以上に店内は広い印象を受けた。室内に設置されている棚の背は低く視界が広い事と、棚と棚の間の通路幅も広くとられてあるのも理由の一つだろう。
 これぐらいの通路幅があれば槍等の長さのある武器を試しに握ったり、軽くであれば振るうぐらい出来るだろう。

 店内には形状の様々なPCや本で見た事がある武具が、ある程度のジャンル毎に纏められて到る所に飾られてある。
 有名どころの長剣ならば『エペ』『サーベル』『エストック』『打刀』『倭刀』『クレイモアー』『シュヴァイツァーサーベル』等、マニアックなので自分が知っているのは『シャスク』『ダー』『タック』辺りだろう。
 場所も時代も全く違う、様々な用途の為に作られた形状の違う武器がココまで揃っているのは圧巻である。
 他にも『ソードブレイカー』『クリス』等の短剣や、『クレセントアックス』『オウルパイク』『ハルバート』等の長柄、『ウォーハンマー』等の打撃用の武器、『アルバレスト』『クロスボウ』等の射出系の武器――当然と言えば当然であるが、武具の万国博覧会と言うべき様子だ。
 全体的に武具の方が量は多いが、他にも布で出来た服にしか見えない防具や、金属で出来た様々な形状の甲冑、明らかにこの時代に不釣合いな『酸素マスク』等の防具も置いてある。

 何か自分も買っておくか――と、場の空気に飲まれてしまい、妙に購買意欲をそそられながら店内を見回していると、ふと視界にロゼを捉えた。

 ロゼは一つ一つの武器を手に取りながら、真剣な表情で商品を覗いていた。
 そして、様々な武器を見比べた後、最終的に一つの武器に視線を留めた。
 周りに置いてある武器を見るに『投擲』関係の武器だろうか。
 投擲武器――盗賊や暗殺者等が扱う武器であり、スキル『ドロー』で離れた相手に投げつける事が出来る物を示す。
 一般的に有名な投擲武器は投げナイフ、ブーメラン、手裏剣、チャクラム等だろう。
 投擲武器は二種類に区別されており、投げナイフや手裏剣等の消費武器。もう一つは、チャクラムやブーメランのように手元に戻ってくる非消費武器と言われている。

「こいつは――凄いな」

 気になって近づいて見ると、如何やら一つの短剣に御執心らしく、知らず知らずの内に言葉を零している様だった。
 はて――何と言う武器だったか。

「む、そんなに良い物なのか?」
「ん?――あぁ、僕が愛用して居た武器の上位品でね、『バーディク』と言うのさ。それも、これは鍛冶師が属性を付け加えている上に、かなり錬度も高い」

 『バーディク』――と、言われた武器の見た目はバンティングナイフに近い形で、刃の部分が菱形をして居た。固有名詞が付いていると言う事は、投擲武器内でも高いランクの武器ではあるのだろう。
 刃渡り22センチ、柄の部分が13センチ、全長は30前後。形が歪に刃と柄の接合部分で若干上向きに折れ曲がっておいる為、全長は若干短い。両刃が黒色の独特の色合いであり、薄っすらと血が滲んでいるように見える細かい幾何学模様のような『モノ』があった。何と無くダマスカス等の金属に近い気がする。
 形状だけを見るならば投擲武器と言うよりは短剣に近いのだが、柄下の部分に穴が3箇所1センチ間隔で、1センチほどの穴が開いており、其処を通りなが柄に巻きつくように刃と同様の色をしたワイヤー状の紐が通っている。紐の長さは大体50センチ程度だろう。
 ナイフの付いて居ない方の紐の先端部分に付いている金属の部分を『テイル』と呼ぶ筈であり、そこに指を掛ける使い方をするようだ。

「ほら、ココを見てなよ」
「む?」

 指差されたのは刃の部分――良く見ると薄らと『溝』の様な物が彫られている。
 最初は刀で言う所の『樋』の様な物かと思ってみたが、それにしては場所が違い過ぎる。

「コイツは完璧な暗殺者向けに手が加わっているんだよ。刃の部分だけでなく、ココの溝にも液状の毒薬を通して置くと長時間の戦闘でも効果が薄れる事無く、深く差し込めば効果も増す仕組みになっているのさ――もっとも、魔物相手には意味が無いかも知れないが、人相手ならば効果は絶大だろうね」
「そいつは――恐ろしい話だな」
「それ以外にも、付加されている属性――武器との相性を考えるに、多分『闇属性』の魔術式が込められているだろうね」
「と、言う事は『麻痺』か?」
「または『失明』と言った所だろうね。もっとも直接塗った毒とは違い、一時的に魔力を介して精神(意識)系統を妨害する為に時間が経てば治るが、コレならば魔物にも効果がある」
「……如何やら、かなり気に入っているみたいだな」
「まぁ――ね。この武器には少々思いれもあるんだよ……買えない訳じゃないが、機会が無くてね。こんな所で、コレ程に良い物を見るとは思わなかったさ」

 そう言ってロゼは口の端に小さく苦笑を浮かべながら、また投擲武器――『バーディク』を熱心に見始めた。

「――1000万だよ」

 自分も一緒にバーディクを見ていると、角張った小石を投げつけるような嫌のある声を背中から掛けられた。そして、それに続くように背後から人の気配が近付いて来た。
 振り返ると「持つな」と言わんばかりの表情で店主がこちらを一瞥して居た。

「まぁ、しかしだ。そんなに気に入って貰えたならば、武器も本望でしょう――あなた方ならその半額で売って差し上げますよ」

 口の端を持ち上げての物言いは、誰が見ても明らかに『皮肉』と解った。
 店主としての態度は如何かと思うが、胡散臭さ極限状態の自分達を警戒する気持ちは解らんでもない。

「……ふむ」

 それにしても、1000万――と言えば、中々の値段である。
 武器自体は本来ならば其処までの値は付かないだろう。察するに――自分の目には錬度がどれ程なのか解らないが――金額だけを見れば、かなりの錬度まで鍛えられている事が解る。
 廃プレイヤーならば、場合によっては錬度を極限までに上げた『億』単位の装備もして居る場合も在るが、それを差し引いても十分に高い。
 もっとも、この店主が自分達の身形を判断して、からかい半分に金額を『吹っ掛け』て無いかと言う心配なのだが――

「まぁ、そんなものだろうね」

 氷彫刻のように冷然とした表情を変えず、店主の思惑を意に介さず呟いたロゼの反応を見る限り、金額は納得出来る物の様だ。
 ならば――選択肢は一つしか無かろう。

「ふむ、そいつは助かった。ならばコレを貰おう」
「――え?」

 一矢報いた――と表現すれば良いのだろうか。
 想像して居た『落ち』とは全く違う、予想外の結果に話が転がった事に気が付いた店主が、阿呆丸出しの間抜け顔でこちらを見ている。
 あまりにも見事な反応に、愉快とばかりに腹の中でふくふくと笑っていると、店主の後ろでロゼも同じ様に何が起こったのか理解出来て居ない表情を浮かべているのに気が付き、我慢出来ずに小さく笑ってしまった。

「なに、金ならばある、気にするな」

 そんな二人に対して小さく笑いながら私は答えた。
 自分の金と言う感覚が無い所為か、それとも金銭感覚がやはり破綻してしまったのか解らないが、大盤振る舞いに何ら抵抗が無い。
 自分の金であって、自分の金で無い。他人の金ならば、元から無いモノのだから気兼ね無く使える。矛盾がある言い回しだが、表現としては正しいだろう。
 
「あんた、何処かの王族の執事か何かかい?」
「いや、ただのしがない御節介焼さ」

 私が肩を竦めながら店主の質問に答えていると――

「――」
 
 ロゼが店主の肩越しに、酷く険しい眼付きで自分の事を睨んで居た。

「本当に――君は何者だい?」
「参ったな、あいにく記憶喪失なので覚えて居ないのだがね」

 薄く鋭い刃物を連想させるロゼの言葉に、態度を変えずに返事をする。
 それなりの付き合いで感覚が鈍ってしまったのか、はたまた一方的に信頼を抱いてしまったが故にかは解らないが、ロゼの反応に一々動じなくなったものだ。

「何か言わねば納得しないのであれば、そうさな……私はロゼ――君の味方だ、な」
「ありきたりな言葉だね。笑い話でも口に出来ないような手垢塗れの台詞を久々に聞いたよ」
「そうであっても、発言内容に偽りは無いつもりだが?」
「――如何やら、僕は君の言葉に納得、するしかないのか、な?」
「それは私の知る所では無い。君が決める事だ。ただ――私はそれを望むがね」
「全く――ズルイ人間だな、君は」

 そう言ってロゼは視線を僅かに外しながら呟くと、手馴れた動作でナイフを手首と指を使って器用に遊んだ。
 如何も斜に構える事の多い――勿論、そう言ったスタンスを取る背景がある事も理解出来る――ロゼだが、如何やら純粋な好意や物言いに馴れて居ないのか、それらに対しての免疫力が少ない気がする。
 自分も褒められたり、評価されたり、好意を表されると無条件に喜ぶ人種なので、気持ちは良く解る。意識の置き場所やベクトルは違うのだろうが、根本的には同じなのだろう。
 思考に潜り、物事を解して、冷静に並べて、相手の思考を眼前に晒すと言う癖はあるものの、謀を巡らしたり、策を弄したり、腹の探り合いをするのは苦手なので、個人的にも真正面から好きな『もの』は好き、嫌いな『もの』は嫌いと話し合えた方が嬉しいので、そう言った意味での相性は良いのだろう。
 互いに『言葉遊び』が好きだと言うのも含めてだ。

「ほぉ、アンタはナイフ使いか」

 たおやかな空気の流れを感じていると、店主がロゼのナイフの扱いに感心した様に言葉を掛けてきた。
 その言葉は先程までとは違い、純粋な言葉の響きだった。
 如何やら、金払いが良かった所為なのか、店主の態度から嫌が抜けたようだ。
 と言っても媚びていると言う感じではなく、奇妙な闖入者に好奇心を刺激されていると言った感じである。

「確かに『ナイフ使い』でも在るが厳密に言うと『暗器使い』だがね」
「そりゃそうだろうね。そいつを選ぶって事は、投擲に使うんだろうし――しかし、他のに比べて重心が前に掛かっている上に、刃の尖端も緩やかだから扱うには難しい品だよ」
「重々承知の上さ――まぁ、百聞は一見にしかず。君も同じ様な事を思っているようだし、出来れば試して見たいんだが……」
「お、それなら其処の的を使いなよ」

 会話に入る隙無い手馴れた二人の会話を見ていると、いつの間に腕前の御披露目と言う状況が出来上がっていた。
 ロゼが店主に指差されたのは5m程先に置いてある、木を何枚も重ねて出来たかなりの厚みを持った木板だった。
 それを確認するとロゼは右手の小指と薬指でテイルを握り、紐が結ばれている柄下を人差し指と中指、親指で軽く握る。
 紐は親指側からではなく、小指側から握った拳の外側を通って中指と薬指の間を通って中に潜り柄とワイヤーの結び目へと繋がっている。
 ロゼの動作を見ていた次の瞬間、『飛(ぴ)ッ――』と、乾いた音が耳に軽やかに届いた。

「おぉ……」

 思わず感嘆と驚きの声が漏れた。
 素人目にも解るほどの綺麗な投擲術だった。
 それこそ吸い込まれるようにナイフが一直線に伸びて刺ささっていた。
 もっとも、何故か飛距離分の紐が伸びていた事も気になるが。

「思った以上に扱い易い……それに軽いな」

 そう言いながら小指と薬指で紐を押さえたまま、軽く手首に力を入れて引っ張るとナイフが、水切りで水面から跳ね上がる石の様に勢い良く外れた。
 ロゼは冷静に人差し指でヒモを引っ掛けながら引っ張り、外れた勢いのベクトルを巧みに操りながら飛んでくるナイフを右手で掴んだ。
 その行動を寸分違わず何度か続けた後、今度はスリークォーターから投げていたのを、軽くナイフを弄った後にサイドスローで投げ始めた。

「――」

 投げた方向は的から大きく外れた見当違いの方向だったが、紐に掛けている人差し指、手首の返し、肘の振り、時には肩を使って巧みに操り紐を動かし――技術だけでは何とも言えない軌道をナイフは描き、吸い込まれる様に全て最初に刺さった位置と同じ場所に喰らいつく。
 まるで、CG処理されている映画のワンシーンを見せられた気分だ。

「――それは如何言う仕組みなんだ?」

 紐が伸びた事、技術だけではない動きの事――それらを言外に含めて簡素に尋ねた。

「ん――あぁ『また』説明した方が良いみたいだね」

 また、と言うのは私の記憶喪失と言う言葉に対しての『含み』だろうが、それに気にしていたら胃が持たんと割り切って、聞き分けの良い生徒の様に丁寧に頭を垂れて説明を求めた。
 すると、少々物足りなそうにしながらもロゼが手短に説明してくたのだ――が、実にファンタジー的な、『相も変わらぬ』今までの常識を吐き捨てて納得さえすれば済む話の内容だった。
 ココが舞台だったならば『デウス・エクス・マキナ』と絶賛しても宜しかろう。
 
 つまる所『いつも通り』に『魔力』と言う、正しい意味での『魔法の言葉』で説明が完結していたのだ。
 大きな弧を描く動きの制御はやはり技術が必要になってくるが、ある程度の範囲ならば魔力によって複雑な軌跡を描く事が出来るらしいのだ。
 現実との差異に対して、僅かばかりの苦笑を内心零しながらも、一つの疑問が解けた。

 スキルの効果を『神の導き』と捕らえるなら、この世界の武器の効果は『精霊の加護』と言った所だろう。
 流石にゲームの様に腕の装備をしただけで、どこから攻撃を受けようが防御力が上がるなどと言う現象は無いが、それでもステータス上昇等の効果は何処かで得られる。
 これを説明するのが『精霊の加護』となる。
 この『ジャバック』を例にするならば、『篭手』と言う装備品は『攻撃力』だけではなく両手武器だけあって『防御力』も上がるのだが、その場合は装備自体の強度だけでは無く、他の側面にも効果が現れる。
 例えば、斬戟を受けたとしても恐ろしく衝撃が少ない。
 または、普通ならば手首を痛める様な無茶な角度から、どんなに強打しようが指先や手首、肘や骨の負荷を殆ど緩和する。その為に、抜き手などの指先などに強い負荷の掛かる有効的な攻撃も使うことが出来るのだ。

 他にも色々とあるのだが――何処かが削られて、何処かで補われている。
 現実的では無いゲームシステムの部分は、この世界でその様にして活かされている。

 それと同じ様にこの『バーディク』と呼ばれた武器も、GAME中で『非消費型投擲武器』として存在して居た以上、確実に手元に戻ってくるのは道理に適った話。
 とは言え――ならば技術が不要なのか、となるとまた違った話になるだろう。
 
 ただ、手元に戻すだけならば誰でも出来るのかも知れないが――先程からロゼが行っているような、複雑な軌跡を描いて同じ位置へ刺さるには『手足の延長線上のように完璧に扱いこなす』までの修練と技術が必要だろう。
 指先一つの操作をとっても、絶妙なタイミングを見極め、それと同時に魔力による微修正を同時に、時に平行して与えなければならない。

「静止している物に、ただ投げて刺す、切り裂く、撫で斬る、刈り取る――それぐらいの芸当なら、至極簡単さ」

 そう言って出来て当然とばかりに、事も無げにロゼは呟く。

「コイツは投擲以外にも、空間把握の能力と卓越した技術、長年の勘、何よりも天賦の才が備われば――こう言った使い方も出来る」
 
 表情の変化に乏しいニヒルな笑みを小さく浮かべながら、ナイフを左手に移し変えた。
 紐のテイルを握っていた右手の小指と薬指以外の全ての指で握り締める。
 両手の間に張ってあった紐を――如何言う原理かは解らないが――刹那の間に伸ばすと、体の外側にナイフを垂らすようにして、中弛みになった紐を軽く握り締めた。
 その構えが何なのか、直に解った。
 漫画や雑誌の写真、DVDでしか見た事が無いが――鎖鎌や分銅を得物とする術者と同じ構えだ。

「――」

 風を斬る鋭い音が聞こえた瞬間には、視界から紐の先端部分に存在す筈のナイフが消えていた。
 唖然として見ていると、既に動きが変っていた。
 腕を振るうロゼを中心として、視界で追える速度を遥かに超越しているであろうナイフが、縦横無尽に鋭い風斬り音を変調させながら駆け巡る。

「――ッ」

 身体の底から震えが駆け巡った――その余りにも筆舌尽くせぬ尋常ではない技術に。

 その先端のナイフの速度に驚いた訳では無い。
 好き勝手に振り回すだけならば誰でも出来る。
 物は違うが、幼少の頃の授業で『縄跳び』をする際に、取っ手の部分を振り回した記憶は無いだろうか。
 極端に言えば、振り回す――と言うのは同じ様な感覚で、ある程度手馴れれば誰でも出来る。

 しかし、今目の前で起こっている事の、驚くべき技術は『そこ』ではない。

 空間を削る様に奔り廻るナイフが――手狭な店内の全ての物に掠りもしないのだ。
 その動きは単調ではなく、微かな残像の軌跡は眼に見える範囲での複雑な動きの変化すら見られた。

 空間を把握し、速度を変えずに瞬時に紐の長さを調整する神懸った判断能力。
 指先から手首、肘、肩、腰の繊細機微な動きと、魔力を介して思考を持って制御する卓越した技術。
 紐の長さが、距離間が、先端の動きが――全てがロゼの意思に統一され平伏し、傅いている。

「――」

 惇ッ――と、先程よりも軽い金属音が部屋に響いた。
 如何やら、ロゼの上から下へと背側を通って弧を描いたナイフが、床上を通り過ぎた瞬間に跳ね上がり、的をナイフの鍔元に当たるまで深々と突き刺さったようだ。
 視界で追う事は出来ず、刺さり終わった後の結果と動きからしか判断する事が出来なかった。

「ま、こんなもんだろうね。腕はまだ錆びては居ないかな」

 紐や鎖を介して扱われる武器の先端部分の速度は眼を簡単に凌駕するが、全ての動きは術者の手の動きに伴われ、武器本体の軌道は事前に知る事が出来る。
 本か映像のどちらの知識かは思い出せないが誰かがそう言っていた記憶がある。
 確かにそれは正しいのかも知れない。

「――」
 
 しかし、この場合は如何なる。
 武器の先端部分の軌道が、術者を凝視しても解らぬ『これ』は避ける事が出来るのだろうか。
 魔力を介して尖端の動きや、紐の動き、紐の長さまで変化するナイフを自分は避ける事が出来るだろうか。いや、それ以前に戦えるのか。

 自分ならば――如何戦えば良いだろうか。
 路地裏等の狭く障害物の多い場所で戦おうが、有象無象のあらゆる空間に適応し一切左右されない。
 ならば、速度で撹乱するか。
 いや、放たれるナイフの軌跡は複雑にして柔軟、一度として同じ弧を描かない。
 直線的な動きを予想して避けた所で、飛燕か毒蛇の如くに忍び寄り喉元を切り裂かれるだろう。また間合いを取った所で、想像を逸脱するあの速度に乗せて、紐の長さを一瞬で変えられては多少の距離では如何にも為らない。
 何よりも、自分のような人種は接近せねば如何にも為らない――のだが、考えも無く無策で特攻しても、鋭き刃の守護の前に無様な姿で傅くのが容易に想像出来た。

 思いつくのは――最終的に、どの程度になるかは現段階では解ら無いが――補助スキルやアイテムを駆使し底上げをした状態で『瞬動』使用し、一瞬で距離を詰めて寝技に持ち込む。
 そうして隙を突ければ無傷で倒せるかも知れない。
 しかし、剣の堅陣を作り上げる刃は目視出来るものではないので、タイミングを掴む事は不可能に近いので即死は無いだろうが、場合によっては致命傷を負おうかも知れない博打的な要素も多いだろう。
 先程の刃先の話を聞いた限りでは、毒を塗られている場合も考慮しなければ為らないので――分の悪さで言えば、こちらに少々傾くと言った所か。

 他に思いつくのは、瞬動の代わりに闘士のスキルで『金剛』を使用し、刃を意に介さずに攻め込む方法だろうか。
 『金剛』――日本語は読んで字の如く、防御力を一時的に大幅に引き上げて、あらゆる攻撃から身を守るスキルだ。
 名の由来である『ダイヤモンド』の硬さは脆く、実際はハンマーで叩けば簡単に潰れてしまうが、このスキルは幼い頃に想像した『ダイヤモンド』を裏切らないものであった。
 効果の程は、今までの常識を根本から簡単に覆せるであろう『折紙付き』である。
 ロゼが扱った際の『殺傷能力』がどの程度の物かは解らないが、ハイオークの渾身の一撃である斧で皮膚が斬れなかった程である。
 予想の範疇ならば、どの様な速度で、どの箇所を狙われても無効化出来るだろう。また、刃が通らなければ毒も関係なかろう。
 ただ、その状態からロゼを掴まえる事が出来るか――そこが問題だ。
 何にせよ、ロゼの情報が少な過ぎる。
 もう少し解れば対策も練る事が――

「――ガラ」
「ぬ――?」
「今、君はとても怖い顔をして居たぞ?」

 如何やら、私の悪い癖がまた出てしまったらしい。
 闘技者としての本能なのか、思考に潜る癖の為か、はたまた自分の性分である『持ち味』の所為かは解らないが――戦闘に関する情報を僅かでも多く解(ばら)して、情報を分析しようとしまうらしい。

「申し訳無かった。嫌な思いをさせてしまったのならば謝るよ。ただ、別に他意があった訳じゃないんだ」
「別に何も思っては居ないさ、君のいつもの『癖』や『性分』見たいなものだろ?それ位は僕にだって解るよ。殺気は込められて居なかったしね――もっとも、僕をやり込め様って顔はして居たぞ」

 そんな顔をして居ただろうか。
 それよりも自分ですら解らない表情の変化を、何だかんだと読み取れるロゼに驚いた。
 ――もしかするならば、思っている以上にロゼと上手く付き合えているのかも知れないな。

「そう言えば、君は装備を整えなくて良いのかい?」
「ん、装備か……確かに私も同じ様に思ったんだが、必用そうなモノが無くてね」
「そうなのかい?君の装備から、拳を使う闘士関係と言うのは推測出来るが――軽装とは言え、そんな妙な姿(なり)でなく、まともな装備に変えたら如何なのだい?」

 妙な姿(なり)――と言われてしまったか。
 まぁ、そう言われるのも仕方が無いが。

「いや、この執事の兄ちゃんや必用無いよ」

 何か思う所があったのか――気が付けば自分の装備を、しげしげと商売人の顔で覗き込んでいた店主が、少しだけ眉根を寄せながら呟いた。

「ん?何がなんだい?」
「言葉通りの意味さ。俺の店には、執事の兄ちゃんが装備しているモノ以上の防具は置いてないよ――全く、こいつは驚ぇたよ」
「……如何言う事だい?」
「もう少し厳密に言えば、だ――この世界でこれ以上の防具を見つけるならば、首都でやってる3月に一度のオークション会場にでも行かない限りは御眼にかかれはしないよ」
「……ただの、執事服じゃないのか?」
「こいつは確かに執事服だが――装備品としての『執事服』だ。しかも、尋常じゃない程の錬度だな、いやぁ……俺も長い事生きてるが、ココまでの『モノ』は俺の人生を垣間見ても数えれる程度だな」

 やはり、解る人には解るものなのだな――と、ロゼと店主の会話を聞きながら少しばかり思った。
 自分の宝物を友人に嬉々として見せている時に近い、心地良い優越感に少しだけ浸ってしまった。あまり、良くないのかも知れないが。

 『執事服』――ステ異常完全無効、魔法or属性攻撃3分の1に抑える『魔術師殺し』や『対高レベルダンジョン用』と名を馳せた防具である。また、装備品としての貴重価値は元より、見た目での良さから破格の高値でやり取りがされている防具である。
 ――これだけ聞けば問答無用のゲームバランスを破壊の高性能防具だが、ネタ装備としての側面も在る為に、通常の防御力が剣士の初期装備クラスしかない為、物理攻撃にかなり弱い。
 しかし、自分の装備している執事服はその点に抜かり無い。
 それを補強するだけの『ほぼ最高』まで錬度を施したと言う、化物染みた補正のおかげで、上級騎士が着込む鎧と比べられると流石に参るが、中級者あたりの戦士が着れる鎧と比べてもなんら変わりない強度を誇るのだ。
 同じ執事服と比べても段違いの防御力と言えよう。
 が――正直、そこまでやってもその程度の防御力しかない。それに関しては正直如何しようも無いので妥協するしかないのだが。

 基本的に執事服を装備する人種は二種類居る。
 戦闘で判断するか、常時装備するか。
 前者に関しては説明不要だろう。
 後者の場合にしても、完全回避の装備を狙うAGI型特化の人間が殆どである。
 そして、後者の極々僅かの人間――自分のような人種の、執事服の錬度を上げた状態で他の装備品で防御力を補強し、回避と防御の両方を使い分ける廃人タイプがいる。

 本来ならば――他者との交流も無く、廃人まで行かない自分はAGI特化での使い方一択の筈だった。
 自分がココまでの錬度の執事服を装備出来ているのも、ひとえにキリコの気前の良さの御蔭であろう。
 
 この執事服は自分の誕生日プレゼントにキリコから頂いた装備品なのだ。
 確かに、この装備品をくれたのはキリコ自身の為と言う部分も有っただろうし、何よりも『ゲーム』だったから気前良く渡せたのだろう。
 現実ならば4億円の宝くじを、缶コーヒーを奢ってくれた時の御礼に差し出せるぐらいの豪気さが無ければ無理だ。

 とは言え、それを差し引いて考えてもゲーム中でもコレほどまでに高価なものは早々無い。少なくとも取引で、この錬度の執事服以上に高価な値段をつけられるであろうアイテムを、自分は数えれる程度しか見た事が無い。
 常時、露天が連なっているあのゲームの中でさえ、だ。

「良く見れば、全ての装備品が高い錬度まで引き上げられているじゃないか――本当にあんた、何物だい?」
「おせっかい焼、と言うのが気に入らないならば、ただの『化物』でも構わない」

 説明する事に憚られたので、御茶を濁した受け答えをすると、店主は小さく唸った後は、それ以上質問をせず、深く突っ込んで来なかった。
 流石に商売にとしての心得はしっかりとあるようだ。

「そうだ、ちょいと待ってな」

 そして何を思いついたのか足早に奥へ引っ込んだと思うと、何かを抱えて戻ってきた。

「家の店で、あんたに唯一見合いそうなのはコイツしかないんだが……どうだい?」

 持って来られた『ソレ』は、濃い紺色の禍々しい色合いの、薄く鋭利な金属を幾重にも巻き付けて形作ったような篭手だった。
 名は確か『ブーハールク』と言われていた筈。特徴としては攻撃力が高く、特殊な補正として5%の確立で相手を僅かに硬直させる『ジャバック』よりも高ランクの装備品だ。
 自分が装備している『ジャバック』は一般的なのに比べれば攻撃力は高いが、『ブーハールク』と比べれば見劣りをし、また特殊な補正も無いので普通ならば『ブーハールク』を選ぶのだろうが――

「いや、私の装備品はコレで十分――むしろ、コレで無ければ駄目なのだ」

 私はそう答えた。
 わざわざ商品を持って来てくれた店主が困惑した表情で見てくる。
 確かに全体的に見れば『ブーハールク』の方が優秀で効果であるかもしれないが、『ジャバック』が唯一勝る点――それは防御力が篭手系の中で一番高いと言う事だ。
 
 ――矛盾と言う言葉がある。
 その語源由来に出てくる『最強の矛』と『無敵の盾』に対して、自分と友人はいつも思っていた事があった。
 どちらが優れているかと言う議論や、合わぬ辻褄はさて置き――両方を買ってしまえば取り敢えずは良かろう、と。
 子供の話し合いで出た結論のような単純なものだった事は理解出来たが、それでも自分達はそう思っていた。
 
 何の因果かゲームの世界で生きる破目となったが、『クロック』をプレイする際にキャラ作りで悩んでいた自分とキリコは『矛盾』に対する話を思い出し、二人でこの様な結論を出した。

 『最強の矛』と『無敵の盾』の二つを持つキャラクターは作る事が出来ないだろう。
 目指せるとしても、どちらかを一方を手にしたキャラとなる。
 ならば――その『二人』が手を組めば如何なるだろうか。
 
 そう言った莫迦な話し合いの元に作られたキャラが自分であり――『無敵の盾』なのである。
 故に、装備品からスキルに到るまで、私は殲滅力を重視せず、機動力、回避力、防御力を重視して作られたのである。

 とは言え、壁役以外の役立たずでは流石に使い物に為らない上に、あくまでも理想の話ではあったが――しかし、自分の僅かばかりのヤル気と、キリコの無駄な執念と行動力の御蔭で『ソコ』にかなり近付く事が出来たのも確かである。

 製作当初の段階、まず考えられたのは『無敵の盾』をゲーム中で体現する場合、役割はどうなるのか――そう考えられた時にイメージされたのは『盾』ではなく『壁』と言う役。
 前面に立ち、如何なる状況でも耐える事が出来る『無敵の壁』と言うのが一番近いイメージだった。
 
 そのイメージに近付く為、まず最初に手を付けたのが――普通ならば『防御力』だろうが――相手の足止めをする為の『機動力』だった。
 まず移動速度を唯一上げる装備品である『ダ・ヴェルガ』で移動速度が向上させ、遊びスキルであった『瞬動』を使う事で多方面からやってくる敵の前に瞬時に立つ事を可能にさせた。
 そのままの流れで『回避力』を上げる方向で考え、AGIを特筆させ、回避力の底上げをする装備し、スキルで補う疾風迅雷型の育成に熱を注いだ。
 そして執事服も装備しているので状態異常の心配も無く、魔法等の属性攻撃を半減する事になり、疾風迅雷型としてならば死角は無くなった――のだが、疾風迅雷型としては良いかも知れないが、理想としての『壁』としては如何だろうか。

 店売りの『挑発』のスキルを使って敵を集中させるまでは良いが、取り囲まれたならば足が潰されて回避率が低くなる。
 そうなっては執事服を着ている自分は格好の『まと』になり、障子の如き防御力の薄さなので簡単に殺されてしまう。

 ――それでは不味い。無敵の盾では無い。

 だが、ただこのまま目指すだけでは到底目標には辿り着けない。
 目標となる『鉄壁』にするには、他の何かを犠牲にしなければならなかった。
 そこでAGIとSTR、DEXを基本的に上げる従来の疾風迅雷型ではなく、AGIに追随するように振り分ける筈のSTRと、近接戦闘者必須のDEXの二つを削りVITに振り分ける事にした。
 装備品も攻撃力を最初から切り捨て、回避力だけではなく『防御力』も重視しての装備品で統一した。もっとも頭部のアクセサリーは、殆ど防御力の底上げにはならないので、命中率の上昇値が一番高いと言われている『高性能眼鏡』に変えたが。
 その為――ある程度の殲滅力は、流石に必要なので――STR、VITの順で高いとは言え、STRとVITの数値の差は皆無に等しい。

 装備品も中途半端な『モノ』では役に立たない為に、キリコも積極的に協力して貰い――そうして最終的には、廃プレイヤー御用達の高レベルダンジョンに耐える事が出来る最高の『壁』としての装備品が完全に揃った。
 もっとも『最強の矛』であるキリコは逆に殲滅力重視の完全後方型なので、多人数でプレイするならまだしも、ペアでもプレイでは自分が『壁』としての機能を果たせないと、狩りもまま為らなかったので、協力を惜しまないのは当然と言えば当然ではあるにせよだ。

 また、コンボで繋げる攻撃系のアクティブスキルにばかり注目が行きがちだが、闘士と言う職業の多彩な補助スキルに力を注ぎ込み、僧兵自体の回復魔法と補助魔法、後はアイテムを惜しみなく使えば、リザードマンの基本的な近接戦闘者としての能力の高さから比類ない程の完全な『無敵の壁』が出来上がる訳だ。

 それらを駆使すれば高レベルダンジョンで時折遭遇する、百発百中に近い命中率と、無慈悲な攻撃力をもつボス戦で囲まれた場合でも、闘士スキルの『金剛』を筆頭に『補助魔法』や『回復アイテム』を使用する事によって、当初の目標であった『無敵の壁』を体現する事が出来た。
 その頃には装備面は『壁役と言う目的では最高の装備』をし、スキルの面では必要な部分は獲得していたので――単純にレベルとステータスの面『以外』は完成していたと言っても良いだろう。
 もっとも『壁』とは言え、ただ護っているだけではなく戦わねば為らないのだが――大概が回避補正と同時に攻撃速度の補正が入るので、攻撃速度上昇系のアイテムや僧兵の補助魔法で回転率を向上させ、命中力の低さをアイテムや心眼等のスキルで補強すれば、STRに振り分け捲くった純粋な疾風迅雷型には一撃一撃が軽くて見劣る物の、手数だけならばそれ以上なので十分戦えた。

 ――そうして、実際は如何だったか。

 利点は死角が無い防御力でどんな相手にも滅多な事では死なないと言う事と、攻撃速度の異様な高さからの単純な手数の多さ。
 欠点は相手が極端に『硬い』か『回避率』が高いと、自分一人では負けないにしろ時間が異様に掛かり苦戦すると言う事と、闘士の攻撃系アクティブスキルの錬度が必然的に低いか、取得をして居ない為に通常攻撃以外殆ど使わないと言うこと。

 中でも一番の欠点は――装備品を整えるまでがゲーム中で3本の指に入る程に、異様なまでに厳しいと言うこと。ある意味ネタキャラに近い物がある。
 相性やプレイを如何するかにもよるだろうが、大概目指すとしたならば、御金や装備品がそろった廃プレイヤーが二人目に作るキャラであろう。
 そう言う意味ではキリコと利害が一致したとは言え、自分はかなり恵まれていたと言って良い。

「――」

 ゲーム中での『自分』の話はそれで終わりだが――この世界に来て、幾つかゲーム中と違う事が起こった。

 良い点は――先程も思ったが、ゲーム中とは違いダメージが均一ではないと言うこと。
 こういう物言いは誤解を招きかねないので言いたくは無いのだが、今程度の腕力があればステータス関係なく人間であれば如何なる相手でも『破壊』出来るだろう。
 なので、魔物相手でも人型であれば自分は少なからず有利に立っていると言う自負も在る。
 それと、打撃関係の命中率。
 むしろ、人間だった頃よりも敏捷性に優れている自分の身体は打撃が当たりやすくなっている。単純に、技術が確りしていれば、速ければ早い程に打撃が着弾するのは当たり前の話。
 とは言え、DEXとは命中力ではなく『器用さ』を表すものなので、ステータスに見合わない命中力の分、何処かで割りを食らっている事は容易に想像出来る。
 下手をすれば、食事の際に通常サイズのナイフやホークを使えなかったのは器用さが足りないからかも知れない。

 悪い点――というか、これも先程思い悩まされたある意味『当たり前』の事だが、防御力の問題である。
 ゲーム中でのは防御力と言うのは全装備の『総合的な防御力』――だからこそ特殊な補正能力の無いジャバックや、ヴィジュアル面で抱腹絶倒物の狐耳を装備していた訳なのだ。
 が、しかし、当たり前では在るが何処の世界に腕だけを守る篭手が全身の防御力になると言うのだろうか。
 ご都合主義も流石に全部が全部を面倒見てくれる訳ではないらしく、腕だけを守る篭手の防御力を全体にまわしてくれなかった。

 ジャバックの防御力は、ジャバックのみ。
 おかげで執事服の防御力は、執事服のみの防御力になっている。

 ゲーム中ならば一桁で抑えるハイオークの攻撃も、この世界ではそうは行かない。
 その御蔭で渾身の力で振り落としたハイオークの斧が服を切り裂き、骨に達するかどうかと言う所まで抉っていった。
 ゲーム中の総合的な防御力が全身に適用されているのであれば、こん棒で殴られたような鈍い衝撃を肩に受けるだけだったのかも知れない。
 が、尋常では無いほどの練成が行われていなかったら今頃肩から先は存在していなかっただろう。
 
 この結果を如何受け止めるか。
 また、ゲーム中では触れられていなかったが、リザードマンの肉体になってみて始めて解ったが、力を篭めなくても肉質が十分に硬いのだが、力を篭めると肉体がバンプアップをしたかのように一回り盛り上がり、硬かった皮膚がさらに硬くなり比喩や誇張では無く、鉄の如く硬くなる。
 斬られた際には油断をしており、力を篭めていなかったので、もしも力を篭めている戦闘中であったならば、執事服で威力の殺された斧を、斬られずに弾く――とは言わないにしろ、あそこまで深く抉られることはなかったのでは無いかとも思う。

 まぁ――今後如何転び、どうなって行くにせよ、この執事服を含めた全ての装備とは長い付き合いになる事は確かだろう。

「うむ、やはり自分は装備品を今回は変えない方向で行こうと思う」

 今まで深く考えて居なかった装備品に対しての結論を出し、歯切れ良く店主に改めて断りを入れる。

「そうか……まぁ、執事の兄ちゃんがそう言うなら仕方がねぇけどよ」

 すると、読みが外れたのが納得行かないのか、高値の装備品が売れなかったのが悔しかったのか、そう言ってしぶしぶと納得行かない表情で商品を下げに行った。
 私は苦笑を浮かべながら背を見送りながら、何度か手を開いたり握ったりし、何度もジャバックの感触を確かめた。
 確かに、防御力が全身に関係ないのならば変えても良かったが、装備品としての強度を考えると硬い事に越した事は無い。
 また、斬戟を受け流す事を考えたり、『掴み』と言う動作を考えるとシンプルな手に近い形の方が良いだろう。
 変えなかった理由は――何より愛着が湧いてしまったと言うのが一番の理由かも知れない、が。

「――」
「――」
「――」
「――解る。君が言いたい事は、自分も非常に解るがそんな眼で見ないでくれないか?」

 無言で突き刺さる視線に耐え切れず、肩を竦めながら罰が悪いとばかりに頭を掻いた。

「記憶喪失の筈なのに、そう言った心当たりはあるのだな」

 実に鋭い指摘だった。
 即興で記憶喪失と騙った自分が話と話の整合に『ほつれ』を出さないのは無理だと解ってはいた事では在るが。

「まぁ――伊達や酔狂でそんな格好をしていたのでは無い、と言う事が解って安心したよ。後、ココまで来ると『それら』を如何やって入手したとか如何でも良くなってくるものだね。何と言うか……いや、もう何も言うまいよ」

 心底『呆れた』と言うよりは『諦めた』とばかりに溜息を付くと、何やら達観した表情で肩を竦められてしまった。
 追求されずに助かった――と、この場合は言うのだろうか。
 お互い既に、そう言った段階を超した気もしなくも無いが――まぁ、良かろう。
 そう言ってくれるならば『天下泰平、この上無し』と腹を括ってしまった方が良さ気だな。

「取り合えず、君の金銭感覚が破綻していると言う事だけは新しく解ったよ」
「――否定出来んな」
「で、如何するさ?」
「……如何する、とは?」
「君も男ならば、ハーレムの一つや二つ憧れるだろ?破綻した金銭感覚に身を任せて『華』売りから、彩り緑の『華』を買い占めて、どこかの土地で『楽園』でも作ってみては如何だい?」
「……」

 からかいを含んだ突拍子も無いロゼの言葉に、今度は自分が肩を竦めた。
 ――その発想が無かった。
 と言うのが一番の理由では在る。確かに『ハーレム』と言う酒池肉林の日々に、一種の『浪漫』を感じない訳ではないが、そんな事をしたら一瞬で自堕落になるのが解る。
 自分を常に律しているのは、自分が思っている以上に誘惑に弱いからだ。流された時の自分の『如何し様も無さ』を知っているので、心底遠慮したい。

「おいおい、そんな反応をするなよ」
「異常な発言に対する、正常な反応だと思うぞ?」
「大丈夫だよ、君は元から人間として正しく破綻しているからね。と言うかだね、この状況よりはまだ『まとも』だと僕は思うよ。僕になんか付き合っても如何しようも無いと言うのに――君は自分が思っている以上に変人で底抜けのお人よしだよ」
「だが、ロゼが思っているよりは変人でも御人好しでも無いとおもうのだが」

 何事も他人と自分の意見の中間が正しい、筈だ。
 そんな軽口を叩きながら、暫くの間店内を物色し、ロゼに大雑把に手渡された消費タイプの投擲用ナイフや、何に使うのか良く解らない物等、かなりの量を買わされた。

「ココまで見せられたら遠慮をするのが莫迦らしくなってしまったよ。御蔭で人生で一番金を使わせて貰ったさ――やれやれ、これで金銭感覚が狂ったら責任を如何取るつもりだい」

 そう言って珍しくロゼが苦笑を浮かべたのが印象的だった。
 同様に苦笑を浮かべる店主に腕輪を、機械――ファンタジーと言うよりはSF風のスキャニング台に見えるが――に通して支払いをして居ると、道具を全て仕舞い終えたロゼが、自然な動作でロゼが傍に寄ってきた。

「如何やら――厄介な事になってしまったようだ」
「――如何した?」
「少々前から『ぐるり』と囲まれている。解るだけで10人前後――そこそこの人数だ」
「――」

 買い物が終わったと思えば、直にか――何ともまぁ、行動の早い。
 いや、ロゼが自分の部屋で寝ていた時間を考えれば、それなりの時間が経っているか。
 どちらにせよ、退屈になる暇が無さそうである。

「……間違いは無いのか?」
「間違い無いね。『リズィ・リルス』の銘に掛けても――」

 言葉を誇張したり、戯言を飾り立てする事が多いロゼでは在るが、自分の実力以上の事や嘘は吐く人間では無い――本当なのだろう。
 
「肩慣らしには丁度良い人数だと思わないか?」
「そいつは解らんが――正直、あまり気が進まんな」

 戦うと決めた以上、戦う事に戸惑いは無い。
 しかし『覚悟』が――人を正しく踏み外す『覚悟』が出来ているかと言われると、ロゼには悪いがきちんと整理が出来て居ないのが本音だ。
 エルフ――つまりは容姿に多少の差異があれども『人間』なのだ。
 確かに、格闘家だったので『喧嘩』や『試合』はした事はある。
 この世界に来てからは、オーク等の魔物と戦う覚悟も出来た。
 しかし魔物達と戦う様に、同じ様に『人間』と戦えるか――その覚悟がまだ出来て居ない。

「二手に分かれよう」
「――二手?」

 無言で己の中に残っている『しこり』と、思ったよりも早く向き合う事になり葛藤して居た自分に対して何か察したのか、それとも普通の会話の流れとしてなのかは解らないが、ロゼはそう話を切り出した。

「ああ、二手に分かれる。ココで二人で行動してしまうと、仲間を呼び集められて一気に叩かれる可能性がある。危険度は増すが、相手を分断と錯乱を同時に行い、追って来れない様に潰してから合流した方がこの場合は良いと思うんだ」
「確かに、その考えは間違って居ないだろうな――何より、正解が何なのか毛頭検討が付かん。君の意見を尊重する」

 居場所を特定されている時点で、あれやこれやと色々と悩んでいても逆に不利になるだろう。二人で出るか、二手に分かれるか――選択肢は結局どちらかしか無いのであれば、ロゼの勘を信用するのも悪くない選択な筈だ。

「合流の場所は……宿か?私は余分に宿費も払っているし、コレと言って必要な道具は持って居ないから大丈夫だが、君には道具が必要だろ?」
「……確かに予備の薬類を失う事になるのは痛手だが、危険を冒す程の価値は無いさ」
「ならば、念の為と決めて合った場所か?」

 後半は会話が殆ど無かったが、前半で言葉数少なく念の為にと取り決めた合流場所が、武器屋に向かっている途中に建てられている、目立ちはしないが印象に残る『民家』を合流場所の目印として決めていたのだ。

「ああ」
「茶色の屋根の――で良いんだな?」
「それが最良だね。それと、出来れば何か情報も掴めたら持って来てくれると助かる。僕の方でも、どの様な状況で動いているのか『綺麗に晒して』貰う予定だが、誰が情報を持っているか解らないからね」
「むぅ……少々難題だが、そうも言ってられんか。出来るだけ努力する」
「まぁ、無理はしないでくれよ?」
「それは御互い様だろう。何よりも優先すべきは、敵を撒き、合流する事が前提にあるからな」
「解っているさ。相違無いよ」

 そう言いながらロゼは、手に入れたばかりの『バーディク』を、ジャケットに隠れるように腰に鞘を差しながら小さく笑って返事を返してきた。
 乏しいながらも表情の変化が多くなって来たような気がするが――信頼の現れと捉えてしまうのは、御都合主義だろうか。

「ご主人、済まないが裏口を使わせて貰って構わないかい?」
「何だか不穏だねぇ……ま、店に厄介事を持ち込まれるよか良いし、遠慮なくさっさと使ってくれ。何せ、大口の御客さんだしね」

 最初は胡散臭げに自分達を見ていた店主も、気が付けば妙に馴染んでいたが――まぁ、事が荒立つ事無く進んだので良しと見よう。
 その後も店主とロゼは何度か言葉を交えると、こちらを見て小さく頷いた。
 如何やら、腹を括らないとならんらしい。
 覚悟は出来て居ないが――そこは追々、か。
 取り敢えずは『馴染む』事に意識を向けて、色々と適応する事に専念しないと痛い目を見そうだしな。

「僕が正面から」

 簡素にロゼが言った。

「私が裏口から」

 示し合わせた様に、言葉短く答えて互いに背を向けて扉に向かう
 多くの言葉は二人に必要は無い。

「では、暫しの間」
「では、幕を降ろすとしますか」



 扉を同時に開け放ちながら、心の中で一言付け足す。
 ――アリィヴェデルチ。





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