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■07.5



 場所は庭園だったでしょうか。
 月光降り注ぐ中、酒に酔いどれた僕は麗羽君に呼び出された。
 何が如何なってそのような状況へと至ったのかは、夢と認識していた事から解る通り、殆ど覚えていません。
 ただ朧気な意識の中で、麗羽君との僅かな会話だけは鮮明に思い起こされます。

「――貴方は私の物となる運命なのですわ」

 正直な所、どのような話の流れだったのかは解りませんが、自身の言葉に何一つ臆する事無く、恰もそれが当然とばかりに、昂然たる口振りで麗羽君は言った。
 思えば、互いに酔っていたのだろう。
 酒に、空気に、何よりも自分自身に。
 普段の『彼女』は自信に満ち溢れているとは言え、そのような言葉を恥らいを見せずに凛として言いはしない。
 そして僕も、内にそっと隠していた考えや思いを零し、強気な言葉で返すなんて事は素面では出来ない。

「なるほど、運命ならばありがたい。丁度、運命とやらに足掻らって見たい所でしたからね」
「随分な言い草ですわね。そんなに私の事が御嫌いかしら?」
「そんな滅相も無い。僕には過ぎたる言葉ですよ」

 この場を濁そうとしていたのでしょう。僕はそう言いました。

「良いでしょう、貴方の望みを仰りなさい、その全てを用意して差し上げましょう」

 けれども僕の意無く、麗羽君はそれを認めてくれませんでした。
 だから――止せば良いのに、話に乗ってしまったのだ。本当に、お酒と言うのは怖い物です。

「これは剛毅ですね。僕は何を言い出すか解りませんよ?」
「構いませんわ、私の先生ならば賎しい事を仰いませんもの。それに、その様な事を仰るような価値の無い者だったならば、こちらから願い下げですもの」
「これはこれは、不用意には言えませんね。と言っても、僕が望むのは唯一つなのですがね」
「それはなんですの?」
「天下泰平、世は全て事も無し。それ以上も、それ以下も望みません」
「……ならば、天下を取って差し上げれば私のものになると?」
「取るだけではなく、確りと治めて頂けるならば。と、言うのは如何でしょう?正直、僕にそれ程の価値が――」

 普通ならばほろ酔いに任せて夢を語るような、そのような他愛も無い話として終わる話でしょう。
 然し、僕は相手が麗羽君だと――あの麗羽君だと言う事を、忘れていた。

「宜しいですわよ。その程度で済むのでしたらば、容易くして差し上げますわ」

 あの時の麗羽君の表情は覚えている。僕はその悠然と微笑を浮かべ、何気ないように宣言したその姿を見て、単純に「あぁ、綺麗だな」と思えた。
 だからこそ気が付かず、そのまま言葉を続けた。

「容易く、ですか――何とも麗羽君らしい言葉です。が、然しですね……それは難しい話かと思いますよ」
「あら、如何してですの?」
「申し訳無いですが、我が妹こそが天下に一番近い逸材かと信じていますからね。家の華琳は手強いですよ?」

 今になって思えば、相当な妹馬鹿な発言でしたね。

「おーほっほっほ!!何を言いますやら、それぐらいの障害でこそ私の美貌と活躍を彩る華に相応しいではありませんか。もっとも、それに今のままでは華琳さんが私に勝つ等ありえませんわ、先生。いえ――曹玄徳さん?」
「――」

 その問いに僕は、何も答えれませんでした。

「私が何故、その様に呼んだか一番理解されているのでしょ?確かに華琳さんには、私程では御座いませんが天下に近いかも知れません。然し、曹家『嫡子』である鵬仙さんが居る限りは、華琳さんが天下に一番遠いとも言えますわ」

 解っていた。考えていた。
 僕はただ、それを行うタイミングを計れずに居た。

「……まぁ、そうなりますね。今のままならば」

 口数少なく、そう答えるしか僕には方法が無かった。

「――」
「――」

 自然と見詰め合っていた――と思う。
 互いが互いの言葉の意を見詰ているような気が、指先で絡め合うように交わった視線越しに感じたのを何と無く覚えている。
 そして、どちらとも無くふと笑う。そこで空気が和らいだ

「まぁ、そんな事は如何でも良いですわ。それよりも鵬仙さん」

 そう言えば、いつの間にか麗羽君は僕の事を『先生』とは呼ばなくなっていた。そんな事を、今更ながら思った。

「この私が告白をして差し上げたと言うのに、このままではあんまりな反応だと思いませんの?」

 改めてそこで気が付いたのだ――確かに僕は告白されているのだなと。
 そう言って拗ねる麗羽君の姿を見ていたら、何と無く気恥ずかしくなってしまった。

「いや、その……なんです――恥かしいですね、やはり」
「ええ、恥かしいものですわよ」

 高らかと笑う麗羽君の姿は妙に輝いて見えた。
 きっと、眼の錯覚だろう。僕はそう思うことにした。





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