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■04




「失礼します」

 言葉に覇気を込めて、左手の掌に右手の拳を合わせながら一礼を行ない部屋に入る。
 部屋の中央では机を前に座り、「如何にも」と思わせる時代背景に沿った立派な召物と冠を身に付けた御老体が、走らせていた筆を止めて此方を見てくる。
 その御老体の名を『曹騰』――中常侍の役職に付く自身の祖父に当たる人だ。

「ほほっ、元気でなによりじゃのぉ」
「はっ!何分、元気だけが取柄ですから」

 こちらを視界に入れると目尻に皺を増やしながら、にこにこと笑い掛けて来る。好々爺と言った風姿だが、僕は如何にも苦手意識を取り除く事が出来ない。
 僕にとっては良き祖父であるのは間違い無いのだが、裏では手管を弄して居る古狸だと言う事を知っているので対応がしづらいのだ。
 底が見えない相手と言うのは、人間誰しも苦手とするものである。

「何を言って居るのかえ。鵬仙の話は良く曹嵩から聞いて居ますよ。『鬼才衒さず、塵に同ず』と褒めたかと思えば、『猶興の士』とも褒め言葉を洩らしていましたよ」

 褒められて嬉しくない訳ではないが、もう少し親父も『親馬鹿』な真似を控えて貰えると助かるんですがね。年齢から考えれば『中の人』が違うのですから、歳不相応に落ち着いていると思われても仕方が無いですが、それにしたって過大評価です。

「勿体無き御言葉です。然し、その言葉は華琳に相応しいと僕は思います。自身と才を比べるまでも無く真の『天才』であります。正しく『非常の人、超世の傑』と言っても過言では無いかと」
「ほっほっほ、謙虚な事ですね」

 僕の言葉を面白そうに聞きながら、袖で口元を隠しひとしきりに笑うと、祖父は笑顔のままで言ってきた。

「実は、今日は鵬仙に一つ御願いがありましてね」
「御伺い致します。」

 また来たか――と、僕は内心溜息を零しながらも、はっきりと言葉を返す。
 祖父が苦手なもう一つの理由として、この『無茶振り』がある。当然、そこには拒否権の無い。
 基本的に容易な願い事も多いが、たまに厄介事以外の何物でも無い事を言ってくる。思い出したくも無い程の『手痛い目』に一度合っている事もあり、あまり顔を合わせたくないのも本音だ。
 その御蔭で虚構染みたこの世界が現実感を帯びて鮮明に為った事を考えれば、場合によっては死を伴う荒治療だったと考えられない事も無いが、それでも二度とあのような『御願い』は聞きたくないものだ。

「実は、鵬仙の従妹にあたる者で、文武両面に豊かな才能を持つ、歳も近い者が居るのですが共に学ばせてやってくれないかの。きっと良き友となり、人生の宝となると思うての」
「それは構いませんが、少々問題が……」
「ほぉ、何じゃ?」
「御恥かしい話、華琳がまたやらかしまして共に学ぼうにも……」
「――教鞭を振る者が居らぬと?」
「……はい」

 頭を掻きたい衝動に駆られながら、ぎこちなく笑みを浮かべる。





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