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Cross Flick Online

 



 
 どっちが先にスキルを使うか我慢比べ――メニアはそう言ったが、自分の双眸は確りと裏に垂らされていた『いと』を見た。
 単純に、自分の持つ技術が見たいのだろう。
 スキルを組み込んだ『戦術』も確かに『術』ではある、然し『それ』は単純な技術だけでは無くなってしまう。
 どこが限度なのかは解らないが、メニアは追い込まれるまではスキルは使わないだろう。または、こちらがスキルを先に使用するまでは。

「――」

 既に発動している『心眼』は不可抗力だとしても、申し出は悪い条件では無い。むしろ望む所であった。
 スキルと言う『技術』は余りにも得体が知れなさ過ぎる。
 知識だけでどの様なものかは知っているが、今だ身を持って経験した事が無い為に、想像があやふやで『読み』に組み込むのが怖い。
 ならば、単純な力量のみでの勝負の方が解り易い。
 それに『達人』と呼ばれる人種と――相性はあるのかも知れないが、技量のみで上回る事が出来たならば、今後の展望も明るいと言うものだ。

「……いや、違うか」

 そんな思考を遮るように自然と言葉が出た。
 全てが嘘と言う訳では無いが、自分の都合の良い言葉しか連ねて居ない。
 思考の根幹は『理性』では無い。「馬鹿な事をしようとして居る」と解っているのに、その明晰な事実に基く行動指針を『格闘家』としての『本能』が覆し決定しようとしているのだ。
 
 ――試してみたい。自分が今まで研ぎ澄ましてきた技術が眼前の武人を打破出来るのか。

 この世界に来てから武器を持った多人数との死合いは幾度と無くこなして来た。
 然し、それらは人間では無く、知性の無い獣。
 高度な頭脳戦を駆使し相手の裏の裏を読み、強者に為りたいと言う思いにのみベクトルを傾けて培った技術で死合いをするのは初めての経験なのだ。
 悪い傾向だ、実に悪い傾向だ――この世界に染まりつつある事を自覚しながらも、単純で純粋な勝負を求める気持ちが内に燻っているのが否応無しに理解してしまった。

「……済まない」

 これだけは、これだけは冷静な判断を下せない。
 目的ではなく過程を選んだ事に対して小さく言葉を零し、全身に力を込める。
 謝罪――それは日頃より愛用する『冷静沈着』と言う最善を手放す事に対して。
 
 相手の思惑に乗らず、スキル≪瞬動≫を使って勝負を終わらせる事は出来ただろう。
 然し、それを拒んだ。
 理性と言う戒めを、格闘家としての本能が力を持って捻じ伏せた、久方振りの瞬間だった。

「――御無礼仕る」

 誰に、何に、そもそも如何して呟いたのかは自分でも解らない。
 解るのはその一言で俄然力が滾り始めた事だけだった。

「アンタ……本当に格好良い人外だな。語彙のセンスにゃ脱帽もんだよ」

 威嚇と親愛、二つの印象を与える笑みをメニアは浮かべながら槍の尖端で風を絡め取るように小さな円を描いた。
 互いの間に『我慢比べ』云々に関しての言葉は響かない。
 『異心伝心』で心通わす『鬼人変人』――肝心なのは其れだけだった。

「ふぅ……」

 吐息一つで意識を変える。
 解析の結果、灰塵の欠片となった僅か数分前の闘争を丁重に解き読む。

 ――さて、如何様な手を打つべきか。
 『詰み』へと導く布石の妙手は既に打ったが、それを活かすにはまだ情報が少な過ぎる。
 今は気取られぬ様に、違う方向から攻めるべきだろう。

 ならば如何する。先程の様に槍を奪い取る為に掴む行為を行うか。
 それは否。成功はするかも知れないが、一度手の内を晒して行える程優しいものだとは思えない。それを逆手に取られ、場の支配権を絡め取られるだろう。
 またその事に集中をしていれば視界が狭まり、先へと踏み込む事が出来なくなる。

 発想の変換をすべきだ、今は何が十全かを熟考する。
 
 何か――それは槍術が持つ術式の『骨格』を見極める事だろう。
 最初に『骨格』の表面を指先で触れて感触を確かめた、次に外殻の輪郭を僅かに見出した。一秒から五秒――ならば、次は三十秒。
 身体も大分暖まって来た。
 もっと深く――もっと深くまで、喰らい付く。
 外殻ではなく内部を満たす『もの』が何であるのか、殻を喰い千切りまじろがずに見定める。その上で活路を見出せるならば、それが十全だろう。

「――」

 自分の闘争は例えるならばそう、トランプでピラミッドを作るように、精緻(せいち)を極めた作業で確実に積み重ねる様にしながら、解析と理論を構築し重ねて行く。直感で動ける程の器用さは持ち合わせてない。
 だからこそ相手の策が読めぬならば、出来る事など決まっている。
 普段通りに戦い、相手の変化に対して普段通りに対応する。純粋な武力で、策を凌駕すれば良いだけの話だ。

 刻む刻む、拍子を刻む。
 鳴らす鳴らす、踵を鳴らす。
 重ねる重ねる、音を重ねる。

 巨躯を僅かでも小さくしようと背を丸め、両腕を軽く引き寄せながら全身を小刻みに動かし、ゆっくりとにじり寄る。
 指先、足首、膝、全ての関節に火薬を埋め込み一本の導火線を通し、直ぐにでも『勢い』を生み出せる状況のまま「もう少し」「残り僅か」と間合いを詰め――メニアの領域に右手が掠めた瞬間。

「サァィ!!」

 裂帛の気合と共に風を穿つ一閃。
 初動を認識するより早く弧を描くように前へと上半身を振ってダッキングで避ける。同時にしなり伸びる直突きが音を残して徹り抜ける。

「賦ッ――!」

 短く息を吐き出し、両足の親指に力を込めて前へ、そのまま前へと上半身を振った力を殺さずに踏み込む。然し、メニアが場を支配している事には変わらない。
 
 どの拍子で行ったのか認識出来ない間に、僅かに距離が取られていた。致命的では無いにしろ、厄介な間合い。
 そして身体を左に振ったその横を、首元を撫で斬るように刃が奔る。
 
「那ッ!?」

 引き手と同時に間合いを詰ようとした瞬間、踏み込んだ右足で地面を蹴っていた。前方へと加速する力を相殺する為に。
 刃が目の前で『跳ねた』のだ。
 
 その現象を理解するのは一瞬だった。
 ――メニアが左手を内に返し、僅かに下へ力を入れた。
 文章にすれば味気無いが、これ以上もこれ以下も無い。
 
 武術は学問であり、力学にも通ずる。それは得物を使ってならば尚の事。
 今回の動きを極端に言ってしまえば『てこの原理』だろう。槍を支える右手を支点として、力点である左手が下に僅かに力を込めれば、作用点である先端が上へと跳ね上がる。
 ただそれだけの事――それだけの事で完全に勢いを殺がれた。

「ッ!」
 
 跳ねた刃が眼前へと急迫する。軽い、されど速い突き。それだけであれば然程の脅威では無いが、槍の尖端に眉間を押さえ付けられる様な圧力があった。
 退くか、否。迎え撃つか、否。
 残された道は馳せるのみ。
 首の皮一枚程度ならば甘受する心持で、右手で小さく刃を外へと力を逃しながら、軸足に再度力を込めて、体躯を前へと倒す。
 その瞬間――何故か硬い金属に、何かがぶつかる音が身の内側から聞こえた気がした。

「唖■ァ――ッ!!」

 ――囁く様な声が。
 早く、疾く、速く、捷く。
 ――否、威嚇する様な『鳴き声』が口から洩れた。
 その『想い』が、その『重み』が落ちた音だった。

 身体を倒す。膝を抜く。傾く身体。腰を落とす。
 身体の重心を接地面へと伝えて前へと押し出す。
 這い迫るように『ヌルリ』と間合いを詰める。

「クッ!」

 メニアの苦々しい思いを込めた声が聞こえて来た。自分が攻め手を緩めずに間合いを詰めた事に対しての声だろう。
 然し、それだけ。
 すぐさま身体を入れ替え、迎撃の態勢へと移るのを目視した。
 身体を入れ替え、左半身の構えへと変わると同時に両手を滑らせる。その動きに連動して槍の尖端がメニアの後方へと弧を描き、左手が身体の前へ。

「ドッ、セイッ!!」

 そのまま畳み込むように全体重を乗せて左足で大きく踏み込み、真横からではなく上から下へ『石突』一点に力を伝達するように突いてきた。
 間合いに合わせての自在な変化、全ての行動が一連の流れとして洗練されている事から、あらゆる状況へ対応出来る事が窺える。
 この状況からでは、勢いを殺す事も、捌く事も、払いのける事も、避ける事は出来ない。
 それ程までに完璧な『スイッチ』を魅せ付けられた。

「――ッ!!」

 そんなメニアが僅かな驚きを見せながら、自身の失策に気が付き苦々しい表情を隠そうとせず浮かべる。何と言っているのかは聞こえない。

 メニアの渾身を込めた突きを、自分の額で受け止めたのだ。
 鈍器を地面に叩きつけたような人の身体からは生み出す事の出来ない音が、自分の脳髄に反響して認識する事が出来て居ないのだ。人間ならば頭蓋骨が粉砕されてもおかしくは無いだろう。
 
 そう『人間』ならば、だ。飽く迄も『対人』での結末。
 この身は既に『人外』へと成り下がっている。刃物でなければ脅威ではない。

 思考の着眼点をずらし、激痛を誤魔化しながら石突を右手で軽く払い、蹴り足に力を込める。
 譚(たん)ッ――と、踵を鳴らして右側へと回り込む。ダ・ヴェルガが応える様に音を鳴らす。
 流れが完全に変わった。この場は自分の、自分だけの間合い。
 左構えとなったメニアにとっての死角となる場所に身を動かす。
 遂に自分は主砲(みぎて)の射程距離まで肉薄したのだ。僅かでも踏み込めば、確実に拳が相手に被弾する。

 そう確信した瞬間、小さな音が聞こえた。枯れ枝が折れる様な乾いた音だ。
 ――最初に感じたのは、背骨を指先でなぞられるような感触。
 音は歪み、形を作り、美しい女性が砕けた顎のままに嗤って居る姿を幻視した。その姿が何故かメニアと重なってしまった。
 ――次に、関節が錆付いたかのように意識を裏切って硬直。
 
 後ろから近付いていた不穏の影の正体――それは受け止める事が出来ず、投げ棄てた筈の後悔や罪悪感。
 それらが一斉に、今だ『地球と言う星に生まれた渡河 健一』として道を踏み外す『覚悟』が足りない自分に対して圧し掛かる。

 足掻く、足掻く。粘着質のある細い糸が、身体に段々と巻き付いてくる。
 足掻く、足掻く。自分は、自分は拳を握る事を選んだ筈では無かったのか。

 今しかない。拳を放て。顔に、肩に、顎に、何処に。
 出来るか。するしかない。本気で。出来るのか。手加減。どの程度。
 遅い。判断を。決断を。決めろ。無理だ。何故。速く。駄目だ。
 
 ――頭を犇く(ひしめく)単語達。
 その間は刹那。されども刹那。
 不可思議と思えるまでの決定的な溝を生み出し、明暗を分けたのを細胞が理解した。

「セェィ!!!」
「――ッ」

 足捌きによって体を入れ替え、その回転を利用して石突で脇腹を打ち付けられる。打撃ではなく、槍を『引っ掛けて』逃げ出す為の行動だったのだろう、痛みは無い。
 何と言う愚考を、愚行を――しでかした事の重大性に絶望し、自分自身の馬鹿さ加減に様々な感情を通り越して唖然としながら辛うじて反応をする。
 
「アブステェイラ!!」
「倶――ッ!」

 その時、自分には何が起こったのか解らなかった。
 唖然とし過ぎて状況を理解出来てなかったのだろう。
 自分がメニアの『スキル』によって吹き飛ばされたと自覚したのは、地面に身体を打ち付けた瞬間だった。



 そして、自分が――致命傷を負っている事を自覚した。





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