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Cross Flick Online
 




 『東京白菜関K者』と言う古い作品をご存知だろうか。
 存じ上げないのならば御教えしましょう。内容は簡素明瞭、単純明快。
 ――朝、目が覚めると頭が白菜になっていた男の話。
 大まかな内容がこの句点を含めて計22文字の一文中に込められていると言っても過言ではない。
 いつも通りの流れで起床と同時に顔をカルキ臭い水道水で洗い、そのまま顔を上げると、洗面台の鏡に映った自分の顔が水を与えた事で妙に潤っている白菜に成り代わっていたのだ。その恐怖、推して知るべし。
 そして顔が白菜になった男は、疎外感や不条理に悩む暇もない程に何故かモテにモテ、さまざまな事件や人々に追いかけ回される。最終的には自身を取り巻く全ての事に対してくたびれ果てて土に戻っていくと言うのが内容だ。
 その様な奇抜な映画ならば、内容は意味深長な大変に哲学的な物だと想像される事だろう。
 例えば『偶然の問題』等と言う今流行(いまはやり)の小説に見られる、冒頭部分に書かれてだけでその小説の重みが増すような錯覚を受ける内容を、四方八方の多角面から科学的検証を突き詰めた延長線上に、しっかりと根付かせた形而上学的な発想を持って様々な解釈を重ね、「あくまでも――」と言う表現をぼかしながら据え置き、製作者側の導いた一つの可能性を、作品を通して視聴者に訴えかけるような作品。
 大袈裟過ぎるかもしれないが、きっと想像された物のベクトルとしては間違いでは無かろう。
 だが、大変申し訳無いのだが、その想像を真っ向から否定をさせて頂こう。
 この作品はその様な物ではなく、心理描写や文学性を排除して勢いで見る作品である。
 出来ればその当時――作品が作られた当時は白菜が高騰していた時期である80年代――の時代背景等を吟味されながら見れば、大小様々な仕掛けが見つかり、より一層面白かろう。
 
 それがゲーム中毒者でありながら、ヘンテコで『オモチロイ』ものを集めるのが趣味の友人に無理矢理見せられた作品である。
 当時は現実離れした、ただ視覚に訴え掛けるように飛び込んでくる作品の内容に、訳も解らず笑いながら見たもので、深く考える事は無かった。
 考えることが無かった、と言うよりは考える必要が無かった。
 繰り返し言葉を重ねるが、自分が見た限りでは、この作品は頭何ぞは使わずに勢いで見た方が楽しめる作品である。
 今でもそう思っている、のだが――今の自分には、あの作品の主人公は自分が置かれた状況をどの様に考えていたのだろうかと、大変興味深く感じる。



 ――眼が覚めると、自分はトカゲの身体になっていた。
 ただ、顔が白菜になった主人公と違い、何故このような事態になったのか多少の心当たりがあったのは、不幸中の幸いか、不幸中の不幸のどちらなのだろうか。





          『Cross Flick Online(クロス・フリック・オンライン)』
                 Error00:Enter The 舞台





 眼を開けると暗い空間だった。
 ひときわ暗い影が目の前で緩やかに揺れ動き、焦点の合わない両目に映る光景は薄暗い。漠然としか解らなかったが、遠くの空間が規則正しいリズムで光が点滅しているのが見えた。

「――おい、大丈夫かい?」

 ぼんやりとした意識の中で、聴き慣れた女性の声が耳に届いた。
 その声に引っ張られるように視界と意識が徐々に鮮明になり、そこで目の前の影が自分の友人である事と、揺れ動いていたのは影ではなく自分自身だと言う事を、首に掛かる負荷と両肩から広がる暖かな感覚で気が付いた。
 一体何があったのだろうか。
 飛び出していた意識が身体に重なり戻ると、同時に背中に広がって行く違和感で、自分が寝かされている事だけは把握出来た。が、それ以外の情報が頭の中から綺麗に切り抜かれていた。
 まだ思考と意識がずれているか頭が回らない。『寡黙たる者は、かくも語る者』などと言う、意味すら解らない言葉が頭を回りだす始末。
 もしかしたら自身が認識している以上に重症なのかもしれない。
 そんな事をつらつらと頭の中で流しながら、漠然とした状況を改善しようと友人の顔に眼の焦点を合わせていく。
 そしてゆっくりと身体を起こそうと思った――が、断念した。
 体力的にも精神的にも妙に怠く、今は身じろぎすらも億劫で仕方が無い。さしずめ鉛の入った厚手の布団を被された気分と言った所だろう。

「あぁ……大丈夫だ」

 心配そうな表情を浮かべる友人を安心させる為に、それだけは伝える。
 すると友人は自分が決して作ることが出来ない、線の柔らかい女性特有の柔和な笑みを浮かべると、茶系の色を軽く入れた肩まである髪を耳の後ろに掛けながら安堵の息を軽く吐いた。
 眼付きが鋭い為、普段は年上に見られる友人は柔らかい表情を浮かべると、同じ23歳だとは思えない程に幼く見える。
 ぼんやりと友人を見詰めながら、次第にはっきりとしてきた五感を水面に落ちた水滴の波紋の如く、ゆっくりと周りに広げていく。
 今まで気が付かなかった音が遠くの方から聞こえてきた。様々な電子音をおもちゃ箱の中にぶちまけて、箱越しに聞いて居るよう音だ。
 僅かに肩を浮かせて首と動かし、視線だけを向けてそちらを見る。

 正確な情報は周りが薄暗くてはっきりと読み取る事が出来なかったが、自分が何処かの通路らしき場所で寝かされている事だけは解った。
 色の深いくすんだ藍色に、黒を混ぜ合わせた色を基調とした無機質な壁。装飾の類は皆無で、辛うじてポスターが貼ってある程度。
 自分が寝ている場所から数メートル先で折れ曲がっている場所が在り、そこから最初に見えた光と音が漏れているらしい。

「ぼんやりとしているけど本当に大丈夫かい?やはり大事を取って、店員に救急車を頼んだ方が良いかも知れないな……」

 救急車とは大袈裟だな。
 眉根を寄せる友人を見ながら、口の中で小さく呟いた。
 どんな状況なのかを未だ把握出来ていないのにも関わらず、そんな事を真っ先に考えてしまった自分の発想力に思わず苦笑が零れそうになる。

「……そうか、ココはゲーセンか」

 『店員』と言う単語で自分が何処に居るのかを思い出した。
 自分は友人と、最近通う回数が多くなった近場の大型ゲームセンターに遊びに来ていたのだった。

 本来なら遊びに来る予定は無く、自分は週五回足繁く通う総合のジムに行く予定だったが、昨晩から雷神様と風神様の両者共に癇癪を起こしているのか、空模様は荒れに荒れており、立て付けの悪い窓を『ジャンベ』に見立てて派手なリズムを御機嫌に刻まれていた。
 日を越えたと言うのに休む気配が一向に無く、御蔭で車を持っていない自分はジムに通うのと、早朝のランニングを断念せざるをおえなかった。仕方が無いので室内で入念なストレッチと、いつもはあまりする事が無いウェイトトレーニングを1時間程行い終わると、これと言ってする事が無くなり暇を持て余して居た。
 幸な事にバイトは休みであるし、仕方が無く読みかけの小説とDVDでも見て時間を潰すかと考えていたら携帯が鳴り、友人に『いつもの』をしないかと誘われたのだ。
 いつもの――それを示す物となるのが『Cross Flick Online(クロス・フリック・オンライン)』通称『クロック』と呼ばれる、現在最も高額なアーケード機であり、また最も現実に近い感覚を味わえるとされる大型MMORPGである。
 内容は多少の差異はあるものの、ファンタジーの王道物であり、ゲームを普段しない自分から見てもベーシックな内容の物だった。が、その圧倒的なリアルさと今までに無い自由性の高さ――何より単純に面白いと言う理由で多くの話題を呼んでいるゲームだ。
 良い曲はいつの時代に聞こうが良い曲であるのと同じで、作り手が神様からのギフトである想像力と知恵と技術を駆使して作り上げれば「手垢に塗れた使い古された設定」と言う言葉ではなく「過去から現代の集大成」「シンプル イズ ベスト」と表現せざるを得ない作品になる訳だ。
 それだけではなく、従来のMMORPGよりも自由性が高い為に、目的が定まらずにただ漠然としたプレイをしては飽きてしまうと考え、主軸となる話を2本置き、他にも所属する国とプレイキャラの種族のごとの大規模なイベント、特定の町等の条件によって大小様々な玉石混交たるサブイベントを置くなど、ユーザーが離れない様にマンネリ化防止策を実行し、エンディングと言う一つの大きな目的を置いたのも人気の秘密だろう。
 だからこそゲーム機の前には列が出来、ワンプレイ2000円と言う価格にも納得して皆々は嬉々とした表情を浮かべてBOXの中に入って行くのである。
 とは言え『クロック』の最大の目玉はゲーム業界、ひいては『日本のコンピュータ技術の集大成』と言われる程に従来のアーケード機を圧倒する、より現実に近い形でゲームを体感出来る事に他ならないのは否定する事は出来ない。
 BOX内は薄暗く専用の椅子と、複数のコードが繋がっている鼻と口の部分以外の頭部を覆う様に被るフルフェイスのヘッドギア、そのヘッドギアと繋がっている両手に嵌めるグローブの3つが置いてあるのみ。コントローラーと呼ばれる様な類のものは無い。
 ヘッドギアを被りゲームをスタートさせると、あたかもその場に立っているかのような錯覚を覚える程に、普段生きている現実と比べても遜色無い美麗な映像が流れる。カーソルは視線によって移動し、ゲーム内の視線などもプレイヤーの視覚を認識して行える。音はヘッドギアからだけではなくBOX全体から流れ、振動も体感する事も出来る。
 ――が、現代の技術ではそこまでの物だった。
 システムの都合上と、長時間のプレイで身体に掛かる負荷を抑えるリクライニングシートに座っている為に、振動を全身で感じるとは言え実際に動いている躍動感は無い。そもそも椅子に座っていると言う事は、身体は固定されていると言う事なのだから集中力が切れた際に僅かに窮屈感は感じてしまう。
 視線でカーソルは動いているが、思考を読み取っている訳では無いので、スキルの発動などは右手のグローブでの操作である。
 漫画や小説の様に首の後ろにプラグを挿して、何らかの方法で直接神経を結合する事でヘッドギアから特殊な周波数が出て――などと言う域には現代の科学力では達していない。
 それでも『仮想を現実に、幻想をその身で体感せよ――』と言う売り文句には負けない程に、世の中に溢れている既存のゲーム機とは一線を画するモノである事は間違く確かだった。
 身体を動かす事は得意でも、指先を器用に動かす事に関しては難が有る――言ってしまえばTVゲーム全般が苦手な自分でも、多少はまともにプレイ出来る位には馴染めたのだから間違いないだろう。

「――っか?おい、大丈夫か?」

 友人の少し慌てた声が耳を突き抜けるように届くと同時に我に返った。
 鈍った頭で考え事をしていたせいか思考が目的からどんどんと外れて、余計な事を一から順々に整理していたようだ。
 
「済まない。『ぼぅ』と、考え事をしていたようだ」
「勘弁してよ。あんな事が在った後なんだぞ」

 幸な事に、余計な事とは言え一応頭を動かしていたからか、頭の隅っこに入り込んでいた靄(もや)は殆ど無くなっていた。
 多少は心身を侵していた怠さも消え、話をするのが辛くない程度には回復した。
 ただ、喪失感と言うのだろうか。陳腐かつチープな表現だが、胸にぽっかりと穴が開いた――そんな妙に空虚な感覚が胸から離れてくれない。
 左心房に宿る神――自分を形成する魂と言えば些か大袈裟ではあるが、何か大事なものが削ぎ落とされ、その欠けた部分をそれと同等の『もの』で補われたような不思議な感覚がある。
 それならば何も変らないのでは無いか。
 そう自分に問いかけるが、何かが違うのだ。
 ――優れた贋作師の作品は、本物の区別が付かない。然し、やはり何か違う。
 無理矢理に説明付けるならば、そのような感じだ。

「重ね重ね済まないな。とは言え、正直何が我が身に降りかかったのか全く把握出来ていないんだ。……救急車と言っていたが、一体全体に何があったって言うんだ?」

 気のせい、考え過ぎの一言で片付けてしまうのは憚られるが、取り敢えずは現状の把握に務める為に一端『ソレ』を脇に置き、詳しい説明を友人に求めた。

「あぁ、そうか。君が覚えて無いのは当然だったな、説明を失念していたよ。そうだね……簡単に言えば、君はゲームの最中に起こった停電のせいで気を失っていたんだよ」
「いまいち要領が掴めんな……」

 苦笑を浮かべながら骨盤を軸に起き上がり、今まで寝ていた長椅子に座る。
 一般成人男性よりも一回り程大きい自分が長椅子を占領していたから当たり前ではあるが、今までずっと立ちっぱなしだった友人も、隣に腰を掛けて詳しい説明をしてくれた。

 話を聞いて解ったのは――今回、巻き込まれた一件は完璧な天災だと言う事だ。
 ゲームのプレイ中に落雷が近くで遭ったらしく、その影響でゲームセンター内の全ての機器が御臨終されたらしい。一時的になのか、本格的に召されたのかは解らないが、その影響で倒れる事となったようだ。落雷と停電が発端ではあるが、根本的な気絶となった原因は不明。友人含め、周りには医者の様な人物は居なかったのだから当たり前と言えば当たり前だろう。
 友人は急な事故に驚き、混乱はしたものの意識は失わずに居たようで、自分に付いて看病していてくれたようだ。
 説明された内容はこれだけではあるが、友人の話は解り易く、状況を把握するのに大した時間は掛からなかった。
 理想の会話として起承転結を綺麗にまとめ、理路整然と両者の間で情報の齟齬無く、適切な言葉を選び円滑に話を進めることが例の一つとして上げられるだろう。友人がそれを完璧に実践出来て居るとは言えないが、自分の数倍は流暢に言葉を操る。羨ましい限りである。
 不器用と言えば格好も付くのだが、自分は話下手に近いものがある。
 「いっその事、俺の頭の中身を如何にかして見てくれ」と、そう叫びたくなる時が多々ある位にはだ。
 また思考が逸れてしまった、閑話休題――と馬鹿な事を考えて思考を外し、友人の話に集中をする。

「だが良かったよ、気が付いてくれて。気絶していたのは君だけだったからね、店員も慌てていたよ。呼吸は正常だったので少しだけ様子を見る事になっていたが、もう少し眼が覚めるのが遅かったら救急車が来ていただろうね」
「原因不明で倒れたのだから救急車と言う判断は正しいのは解るが、本人的にはその選択は除外して貰いたかったよ」

 救急車を呼ばれた後に眼が覚まさなくて良かったと、素直に思う。
 店側としても大事にしたく無いと言う部分もあったのだろうが、救急車を呼ぶのを躊躇ってくれて助かったと言う感じだ。面倒な事はあまり好きでは無い。
 
「救急車に乗った事は無いので、少々期待はしていたのだがね」

 そう言いながら普段の調子が戻ってきたのか、先程まであった柔らかい表情は鳴りを潜め、いつもの笑みを浮かべた。
 どの様な『笑み』なのか具体的に表現するならば――不機嫌な猫が無理矢理笑った様な、相手の事を面白がっている皮肉気な笑みである。基本的に他人の揚げ足を取ったり、ちょっかいを出す際に浮かべる表情で、性質が悪いものである事は間違い無い。

「期待に応えれず申し訳無いな」

 自分は憮然としながら言葉を返すが、友人は笑みを濃くするのみ。
 あまりにもいつも通りのやり取りに、俺は表情を崩して苦笑を浮かべると――気絶していた事を気に掛けてくれているのだろう、友人は立ち上がり俺の方に手を差し出して、復帰祝いに夕飯を食べに行こうと誘ってきた。
 断る理由も無いし、断わった所で友人の中の決定事項は揺ぎ無く、無理矢理連れて行かれるのは眼に見えているので、友人の腕を掴みながらなるべく負担を掛けない様に立ちあがる。

 その瞬間――するりと、内から何かが零れた。

 思わず後ろを振り返るが、当然さっきまで座っていた長椅子があるのみで、他には何も無い。
 心の何処かで今まで感じていた釈然としない『もの』が、よりはっきりと感じ取れた。何なのかは解らない。ただ、意識の外に避けていた、左心房から削られた『もの』と一緒に『何か』が消えていた。
 何か取り返しの付かない『もの』を無くした気がした。
 無性に悲しく、無意識の内に咽の奥から呻くような声が込み上がって来た。が、それは空気を響かせる事無く霧散した。

 手を強く握られた。

 自分の不安、悲愴、後悔、無念――そう言った負の感情を読み取った訳ではなく、ただ急に足を止めた為に、結果そうなったと言うだけだろうが、それだけの理由で自分の心から違和感が消えて無くなった。
 我ながら単純な話であるが――取り返しの付かない『モノ』は無くなっておらず、確りと握れていたのを思い出したからである。
 後ろに向けていた首を友人の方に合わせると、急に振り向いていた俺を不思議そうに見ていたので、一度肩を竦めると、今度は自分が引っ張る形で歩き出した。
 何か文句を言っている友人を無視しながら出口を目指していると、先程まで入っていたBOXが眼に入った。
 それを一瞥して通り過ぎる際に、何と無く――再度起動を始めた『クロック』だけが、俺が落としたものの正体を知っている、そんな風に感じた。



『error:??? 予期せぬエラーが起こりました。予期せぬエ――』



『ゲームを開始致しますか?』
→ YES
NO





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