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 それは、本来ならば有り得ない逸脱した物語。
 
 人が悲しみに暮れるならば、理不尽を力で叩き伏せる。
 人が絶望に浸るならば、不条理を無茶と承知で蹴り飛ばす。

 常識の枠から大きくはみ出し、僅かに時刻がずれているとてつもなく巨大で時計。
 今のままでも問題無いが、今のままでは十全で無い。
 この話は、ずれた時間を直す為の歯車となった青年の物語。
 時計は、真の意味で時計へと漸く(ようやく)この時を持って為り得た。
 それは此処だから正しく回り、その他の何処でも空回り。
 青年は唯一つの、この時計にのみに適した歯車。

 時計の名前は――『デウス・エクス・マキナ』
 
 リリカルなのは、御都合主義ではじまります。



             魔法少女リリカルなのは 二次創作
            『八神はやてには親戚が居るようです』



「……それは随分と笑えん冗談だな、親父」

 激情に身を任せて机に拳を叩き付けるのを、辛うじて理性で繋ぎ止めながら俺は言った。
 声を荒げずに平素を装うが、込み上げる感情を殺す事に徹するあまり眼が据わっているのが自覚出来た。
 そんな俺を親父は苦虫を噛み締めるような表情を浮かべたまま、真一文字に口を引き締めて続け、言葉を見つける事が出来ずに居た。

「法律には引っ掛からないとは言え、未成年者を一人暮らしさせて良いのか?」
「……政秋(まさあき)」
「年齢が二桁にもならない、それも足に障害を抱えた子供をだぞッ」
「落ち着け、政秋」
「なぁ、親父……はやての両親はつい最近お亡くなりになったばっかりじゃないか。その悲しみをもっとも多感な幼少の時期に経験したはやての傍には、誰かが居てやらないといけないのは解るだろ?」
「……」

 親父の口からは言葉は出ない。
 ただ眉間の皺(しわ)を深く刻むだけで先程と変わらない。
 俺には想像する事も出来ない感情を内に秘めているのは言われなくても理解出来たが、それでも怒りや動揺を露にしない親父の態度に苛立ちを覚えた。

「親父は……親父は何も思わんのか!!八神さんとは従兄弟で、何より親友だったんだろ!?その一人娘がッ――」
「――政秋ッ!!」

 八つ当たりと解っていながら射抜かんばかりに睨み、抑える事が出来なくなった感情の発露として纏まりを欠く思考を声にして張り上げると、それに被せるように親父の声が俺の言葉を遮る。

「――」
「……解っている。疑問を挟む余地無く、何かがおかしい事なんてとっくに解っているさ」

 そう語る親父の背は、いつもより少しだけ煤けた陰が揺れているようにも見えた。 

「解っているが……如何にも為らんのだ」

 悔しさを滲ませる口調で語る親父のその姿を目にして、俺は自分自身がとても情けなく思えた。同時にそんな姿を息子に曝け出させてしまった事に対して、悔いる思いが胸に広がる。

「親父……はやては何で一人暮らしなんかしているんだよ」

 八神はやて――この話の中心に居るその少女を一言で語るならば『妹』と俺は言うだろう。
 
 はやての父親である八神さんと俺の親父は従兄弟同士と言うのを抜きにしても親友と呼べる間柄で、お互いが関西で暮らしていた時には家も近所で家族ぐるみで交流があった。それも週に何度も互いの家で夕食を共にして居た位だ。
 なので、はやてが赤ん坊の時に『おしめ』を替えてやった所か、俺自身が幼くて記憶が曖昧ではあるが出産の時にも立ち会った程だ。だから比喩表現ではなく、俺にとっては共に育ったはやては可愛い妹だと心底思っていた。
 その関係は先に自分達が親父の仕事の都合で関東に引越し、その半年後に八神さん達が追う様に引っ越して、気軽に行き来する事が出来なくなった後でも、直接的な交流は少なくなったとは言え続いていた。
 俺はそう思っていた。だから、数週間前に親父から話を聞いた時には信じられなかった。

 ――はやての両親が事故で死んだ。

 はやては足の障害のお陰で、幸いにも軽症で済んだらしい。
 寝耳に水。青天の霹靂。そんなありふれた言葉では語り尽くせない程に、その情報は余りにも突然で、俺はその言葉の意味が理解する事が出来なかった。
 八神さんは自分にとっては第二の両親と言っても過言ではない程の相手で、そんな二人が死んだと言われても、余りにも実感が無さ過ぎた。不幸中の幸いは、はやてが無事でいた事だろう。

 俺は学校を休み、親父も兄も有休を使って慌てて八神さんの自宅へ駆け込んだ。
 そして、着いた時には全てが終わっていた。
 喪主は誰が勤めたのか、火葬はどうなったのか、後から辿り着いた俺達はそれすらも知らぬまま――親父は誰かに尋ねていた様なので知っているかも知れないが、もう過ぎてしまった如何にもならない事なので、今になっては然程興味が無いと言うのも理由ではあるが――急に伝えられた事実だったので直ぐに駆けつける事が出来なかった事を抜きにしても、余りにも手早い対応にただ呆然としてしまったのを覚えている。

 部屋に上がり居間に飾られている、葬式と言う生涯の別れの名残を見ても実感が無く、思考が現実に付いて来ない。
 ただ解ったのは、ここにはもう何も無いと言う事と感じ――その後やって来た泣き虫だったはやてが慣れない車椅子を動かしながら気丈に振る舞う姿に、八神さん達とはもう会えないと実感させられた。そこで俺は始めて泣いた。
 あの光景を、今でも目を瞑れば鮮明に思い出せる。

「はやては、何で……独りなんだよ……」

 元々親父や俺は、はやてを家族として一家に招き入れるつもりだったが、喪主を務めた八神さんの『友人』なる人物が既にはやてを引き取る手続きを済ませ、金銭面の不自由が無い様に財政管理を行っていたのだ。

 その話を聞いて酷く困惑したものだ。
 祖母や祖父は亡くなり、遠縁に当たるが唯一血の繋がりがあるのは親父しか居ない。だと言うのに俺達の家に連絡は無く、その人物は姿を現さない。
 その一方で俺達が葬式で家に向った時点ではやてへの配慮は万事が整っており、室内に手摺りを取り付けるなどの家の改装を既に着手していると言う。

 時間が無く詳しい事情までは調べる事は出来なかったが、明らかに不可思議。はっきりと言ってしまえば、そのまだに見ぬ相手に対して疑念しか湧いて来ない。
 「転勤先で知り合った八神の友人なんだろう……」全く納得していない表情で薄っぺらな言葉を親父は呟いていたのが印象的だった。
 八神さんは親交が広い方だったので、そのような『友人』が居ても不思議では無いと言えばそうなのかも知れないが、親父も八神さんと親友だったと言う自負があるので、それほどに親しい人物ならば知っている筈だと思っていたのだろう。

 どちらにせよ、こちらの一方的な感情で言えば『我が物顔で勝手気ままに仕切った野郎が、一体全体どの面下げてるのか拝んでやるか』と思っていたのだが、最後まで会う事が出来ず、休みと仕事の関係で一旦帰宅せねばならなくなり、そしてつい先日、親父がはやての所に顔を出したのだが――そこには、誰も居なく、はやてが、独りで生活していた。

「……親父、話してくれよ。何故だ?」

 可笑しいだろう。余りにも馬鹿げている。
 状況や足の障害云々を横に捨て置いても、小学生が学校に通わず一人暮らしをしていると言う事実は受け入れる事は出来ない。

「はやてちゃんの意思を尊重したとしても常識に考えればおかしい話さ――だが、法律としては何ら問題無いのだから厄介な問題なんだ。相手は姿どころか影すら見えないような人間だからな、法的に持ち込めば勝てると思うが……如何にも時間が掛かり過ぎる」
「……強引に連れて来るのは駄目なのか?」
「やろうと思えば出来るのだろうが……だがそれは何よりはやて自身が嫌がっているからな……家族と過ごした家は――彼女の心の拠り所なんだろう」
「だからって――」

 押し黙る父の姿を見て、俺は言葉を飲み込んだ。
 一概に父を責める訳にはいかない。俺や兄と言った家族が――自分自身の生活がある。それは蔑ろに出来る訳が無い。
 単純に引き取るだけならば、兄は成人として働いているし問題は無かったのかも知れない。だが事は複雑に絡み合い、そう簡単に状況を整える事のできない所まで進んでしまっているのだろう。

「……悔しいなぁ」

 今すぐ如何にもならない事は解っている。
 然し、それでもこれはあんまりでは無いか。
 知らず知らずの内に、両目から熱い液体が零れる。
 涙は心の汗だと言う奴が居るが――涙はやはり、辛い時に流れるものだろう。男だからこそ、泣く時もある。

「あんなに……八神さんには俺も幼い頃から良くして貰ったのになぁ……」

 訳も解らぬ悔しさから、そんな言葉が思わず零れた。
 お年玉も「これは御父さんに内緒だよ」と笑いながら、多く渡してくれるような優しい方だった。
 家にお邪魔した際に、置いてあった漫画本を読み耽っていると「気に入ったならばあげるよ」と言ってくる、底抜けに御人の良い方だった。
 奥さんは美味しい料理を御馳走してくれて、人一倍良く食べる俺にはオカズを少しだけ多めに盛ってくれる方だった。

 何よりも――父は無骨な人なので、滅多に褒めてくれる事は無かったが、八神さんは遊びに行くと優しく頭を撫でながら、餓鬼の他愛の無い話を笑顔で聞いては褒めてくれた。それが、何よりも嬉しかった。
 奥さんは、遊びに行くたびにまるで息子のように優しく抱きしめてくれた。母が物心付く前に無くして居た俺には、その温もりが何よりも嬉しかった。
 
「……」
「俺ははやてを妹だと思ってる。そして、はやても俺を兄だと思ってくれてる筈なのになぁ……」

 言葉が支離滅裂に飛び散り纏まらない。感情が暴れて、思考と言葉が直結する。

「なんではやての奴は、中途半端に賢いんだかぁなぁ……」
 
 打てば響くような言葉の遣り取りは、時折だが年齢差を忘れるほどに面白かった。
 俺の気を引こうと、全身で喜びを表しながらじゃれ付いて来た。
 無邪気に屈託無く笑う姿は愛らしく、何とも微笑ましい思いにさせてくれた。
 厳しい父と皮肉屋の兄の男臭い家庭で育った俺には、心地の良い存在だった。

「昔から、妙に……頑固だったしなぁ……」

 どうせならば悲しんで、落ち込んで、怒って、泣き叫んでくれれば良かった。こう言えば酷い表現かも知れないが、そう『子供らしく』居てくれればきっと家に連れてくる事は簡単だったのだろう。
 きっと泣いただろう、悲しんだだろう――けれどもはやては両親が居なくなったと言う現実を、その小さな体に無理矢理に受け止めて、あの家に居るのだろう。

「だと言うのに、俺は、何も出来ないと言う事実が……辛い」

 父とは違った優しさをくれた八神さんに、母の温もりを知らない俺に暖かさをくれた奥さんに、何も報いる事が出来ない事実が辛い。
 何よりも、あの胸に柔らかい子猫を抱いたような気持ちにさせる笑顔が、あの葬式の時よりも曇り、雨が降っているかも知れない――その事実が、とても悲しい。

「――」
「法律で……」
「……」
「法律で如何にも為らんなら、やっぱり如何にかするのも法律だ、よな」
「……如何言う、事だよ?」

 袖口で涙を拭いながら、父を見る。
 父は小さく笑みを浮かべながら、何か眩しいものを見るように――けれども、少し誇らしげに俺を見詰めていた。

「高校受験、風芽丘学園を受けてみるか?」
「……風芽丘学園?」
「ああ、八神が――はやてちゃんが住んでいる海鳴市の私立高校だ。後は、言わなくても解るよな?」

 そう言って笑う父を見て、やはり父は尊敬できる父親だと改めて思った。
 この話を最初からするつもりだったのか如何かは解らないが、少なくとも父は八神さん達の親友だったのだと、痛く感じた。

「資料を取り寄せる方法は俺よりもお前の方が詳しいだろう。後はお前次第だ――もしも受験して合格出来たら、後は俺に任しておけ。引き取るのには時間が掛かるが、あの家に一人捻じ込む位なら何とかなるだろ」

 父は立ち上がり、そのまま部屋を出て行く。
 残された俺は、父の息子であった事に感謝しつつ、父の出て行った扉に向かってただ頭を下げた。
 ――父は俺の事を良く見ている。そして俺の性格をちゃんと理解してくれている。
 胸が熱くなる思いだった。涙腺が、また熱を持ち始める。

 引き取れないならば、はやてがあの家から離れたくないならば、高校入学を口実にこちらから押し入る。
 少なくとも、この国ではどのような理由が在れ年齢が二桁に達しない、しかも足に障害がある少女の独り暮らしを全面的に許すような真似はしない。
 遠縁とは言え血族ならば、それが受け入れられるのは自然であり、確実だろう。
 いや、きっと父が確実にするだろう。

「俺がすべき事は、勉強だな」

 時間は無い。高校受験の時期を考えるに、猶予は後二ヶ月もない。
 どれ位の偏差値なのかは解らないが、確実な事を考えればどれだけ勉強しても足りないだろう。

「……」

 歯痒い――少なくとも、高校入学までの間、はやては独りで生活をしなくちゃいけない。
 その事実が歯痒い。
 今この瞬間にも、あの八神さん達が愛情を与えて咲いた、はやての笑顔が萎れてしまわないか。それが心配で、悲しくてしょうがない。

 そんな思いを胸に立ち上がり、窓の外から空を見上げて、呟く。

 父から貰ったのは、心身の丈夫さ――真直ぐに鍛えられた意思。
 それを今回の一件で、少なくとも父に報いる事が出きるように思えた。
 ならば、八神さん達に貰った、心身の優しさ――人の温もりで包んでくれた。
 毎日、顔を合わせていた訳では無いけれども、それを教えてくれたのは、与えてくれたのは『第二の両親(八神夫妻)』だった。
 その全てを俺がはやてに返そう。勿論、俺がはやてに貰った分も含めて。
 何よりも――そうしたいと俺が願うのが、全ての理由だった。



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